連載
ぼくらの遍路は
12(最終回) 関口 尚 Hisashi Sekiguchi

「なるべく大きな声で歌います。でも、マイクがないのでみなさん静かに聞いてくださいね」
 掲げた人差し指を花凛は自分の唇に押し当てた。静かにというゼスチャーだ。山西が起こしたざわめきが消え、誰もが静かに歌を聞こうとする態勢を取ってくれた。こうしたステージ上での振る舞い方は得意なほうだった。
 ギターのチューニングが終わったらしい。オレンジ頭の子と視線を交わす。花凛が小さく頷くとギターの演奏が始まった。大街道で聞いたときも思ったけれど彼女はいい演奏をする。小気味よいカッティングと美しい余韻。演奏に余裕もある。人前で演奏することに慣れている子なのかもしれない。
 歌い出しの直前、動画を撮っている玲と目が合った。視線で伝える。ありがとう、玲。歌えるのは玲のおかげだよ。
 山西に視線を移す。山西はさも不機嫌そうにこちらを見上げていた。花凛はかまわずに微笑みかけた。これから歌うのはあなたの息子であるK太が最も愛してくれた曲ですよ。K太が愛してくれた歌詞にぜひとも耳を傾けてほしい。K太が何度も聞きに来てくれた生の声をぜひとも味わってほしい。
 たっぷりと息を吸い、そっと目を閉じた。最初の歌詞を声に乗せ、空に放つ。
 完璧だ。自分でもうっとりするような歌い出しだった。高らかで透明な歌声が出た。目を開けるとまばゆい青空に歌声がきらきらと響き渡っていくのが見えた。
 あとはもう夢心地だった。聞く人たちもうっとりしてくれているのが見て取れた。それぞれの魂がこちらを向いてくれているのがわかる。一度に三百人の人間と深い心の対話をしているような感覚があった。
 歌声が世界の隅々にまで行き渡っていくかのようだ。聞いてくれている人たちの心をやさしく撫で、誘(いざな)っていく。自分まで自らの歌声で宙に浮くような心地がした。
 うれしいときにはうれしい歌を。悲しいときには悲しい歌を。歌いたいときに、歌いたい歌を、歌いたいように歌う。それが自分にとっての翼だった。なのに山西に翼を奪われていたんだな、なんて考える。
 その山西は微動だにせずに花凛を睨みつけてきていた。多くの人がリズムに体を揺らしているなか、ぴくりとも動かない。周囲と比べて強烈な異物感があり、孤独であることがあらわになっているようにも見えた。
 たぶん、自分と山西は共倒れするしかない相互依存といった関係になってしまったんだろう。もともと自分が歌いたかったのは人の心に寄り添いたかったから。その人が苦しんでいるのならば救ってあげたかった。使命感で歌っていた。
 K太はピンクバンビの歌に救いを感じてくれていたと信じている。しかし、実際には彼は死んでしまった。山西に指摘された通り、自分の歌は死へのストッパーにならなかった。そのことへの罪悪感にずっとつきまとわれ、償いをしなければならない気持ちを抱えていた。
 そこへ息子を死なせてしまったことを受け入れられず、罪も認めたくない山西が、自らの非から逃れたくて死の責任を花凛になすりつけてきた。
 己に非があるかもと思い悩む花凛と、あんたが悪いとなすりつけようとする山西。うまい具合にはまりこみ、花凛は償いとして山西を助けようとしたし、山西は罪悪感から逃れるために花凛を攻撃しまくった。



1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 次へ
 
〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
Back number
12(最終回)
11
10