連載
ぼくらの遍路は
12(最終回) 関口 尚 Hisashi Sekiguchi

 唯一、許すという言葉を告げられるK太はもういないのにね。自分と山西はお互い疲弊するばかりの泥沼にずぶずぶとはまってしまった。やがて歌うことが苦しくなり、歌そのものからも逃げるようになった。
 でも、お遍路をしているあいだに気づいた。玲をはじめとするメンバーが気づかせてくれた。K太が愛してくれた歌をやめるわけにはいかない、と。歌い続けなければいけない、と。
 お遍路をしながらたくさんの歌の種を見つけた。玲はもちろんのこと、いっしょに歩いたメンバーひとりひとりに物語があり、それらはきっといつか歌となってまた自分の翼となるだろう。そして、K太とのこともいつかきちんと歌わなくてはならない。そのためにも彼についてもっと知らなくてはならない。
 K太は苦しくて寂しい日々を送り、悲しい最期を迎えた。けれど、その一生はすべて真っ黒に塗り潰されたものだったのだろうか。彼にも夢があったはずだ。笑った瞬間があったはずだ。好きだった女の子もいたんじゃないだろうか。お遍路を終えて日常生活に戻ったら、K太の友人である小笠原に話を聞きに行こう。K太が抱いていた光について教えてもらおう。もちろん、山西とも語り合わなければならない。それは膨大な時間を要することになるだろう。
 間奏に入った。アコースティックギターのやさしい音色が空へのぼっていく。花凛はひと際声を張り上げて訴えた。
「この『冬のくちぶえ』が大好きだったピンクバンビの大ファンの子が、この曲を聞きながら亡くなったんです。曲を知っている方は彼のためにぜひいっしょに歌ってください!」
 さあいっしょに、と花凛は両手を広げた。間奏が終わり、再びサビのメロディーへと移る。花凛が率先して歌い、手であおるとぽつりぽつりと歌い出す人が現れた。
「もっと!」
 合いの手を入れてさらにあおる。オレンジ頭の子がギターを弾きながら大きな声で歌ってくれた。きれいな声をしていて、『冬のくちぶえ』を見事に歌いこなしている。そう言えば、『冬のくちぶえ』がいちばん好きだと言っていた。本当だったんだな。うれしくなって笑顔で叫んだ。
「もっと!」
 いつしかほぼ全員が声を上げて歌ってくれていた。ビールケースの上からひとりひとりの顔がよく見える。玲が歌ってくれている。太陽が大口を開け、拳を振り上げて歌っている。声が大きいので例の調子はずれの歌がよく聞こえてくる。音感はあいかわらず残念だけれど、なにしろすこぶる楽しそうに歌っている。恥ずかしがって歌うことをためらっていた人たちが、太陽の歌声に勇気づけられて歌い出すのが見えた。
 約五分間の三百人の大合唱が終わったとき、不思議な熱気が辺りを包んでいた。久しぶりに熱唱した花凛の額から汗がとめどなく流れ落ちる。手の甲で何度拭っても汗は出た。歌い終えた三百人の顔は上気していた。暑さのせいもあるけれど、いっしょに歌ったことからの高揚感で熱くなったんじゃないだろうか。山西はうつむいていた。夫が心配そうに顔を覗きこんでいる。花凛はビールケースを降り、ギターを弾いてくれたオレンジ頭の子に「ありがとう」と小声で手を合わせ、聞く側に戻ってもらった。用意しておいたペットボトルの水をごくりと飲み、再びビールケースの上に立つ。



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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
Back number
12(最終回)
11
10