連載
ぼくらの遍路は
12(最終回) 関口 尚 Hisashi Sekiguchi

「わたしは今日がスタート日でもかまいません。いっしょに歩いてK太君のことをたくさん聞かせてください」
 花凛の言葉に玲たちも驚いた顔をしていた。
「清美」と山西の夫が呼びかける。山西がまた激昂して容赦なく当たるのでは、と花凛は身構えた。しかし、山西は夫の肩口に頭を預け、嗚咽をもらした。山西の夫が花凛に尋ねてくる。
「このあとみなさんは高野山へ行く予定ではないのですか」
 お遍路は結願したあと、高野山の奥の院に詣でて満願成就に至るとされている。玲たちとは後日いっしょに高野山へ行ければいいね、という話は出ていた。
「お詳しいんですね」
「一応、四国に来る前にお遍路について清美と調べましたから。わたしも歩いてお遍路を回ってみたいな、と思っておりましたので。だから、もし清美と回られるのであれば、わたしもご同行したいのですが、いかがでしょう」
 今度は花凛が驚く番だった。
「それはぜひ」
「では、ひとつ提案なのですが、みなさんが高野山を参拝したのちに改めてごいっしょさせてください。一ヶ月後でも半年後でもかまいません」
 花凛は頷いてから、「山西さん」と呼びかけた。山西が顔を伏せたままこちらを向く。
「どうでしょうか」
 尋ねると山西はかすかに頭を下げた。了承を得られたようだ。花凛は山西の手を取った。約束の握手を交わす。山西はやや肉厚な手をしていた。そして、この暑い時期に冷たい手をしていた。
「ありがとうございます。日程についてはまたのちほど」
 そう言い残して花凛はビールケースの上へ戻った。これは直感だけれど、山西はもう大丈夫な気がする。人はスタートラインに立った時点で変わり始めるものなんじゃないだろうか。
 お遍路へ行けば、山西は歩きながらK太のことを否が応にも思い返すことになる。起こったことはなかったことにはできない。罪悪感は消えないだろうし、簡単に許されたと思い至るようであればそれはそれで困る。
 ともかく必死に歩いて、自分だけの答えにたどり着ければいい。なぜこんなことになってしまったのか、原因や根幹に向かっていける強さを身につけられればいい。
「続いては新曲です。お遍路を歩きながら作った曲です」
 花凛は目を閉じた。大きく息を吸う。三百人が耳をそばだてるのがわかった。しんと静まり返る。



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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
Back number
12(最終回)
11
10