連載
ぼくらの遍路は
12(最終回) 関口 尚 Hisashi Sekiguchi

 そっと静かに歌い出す。いままで作った中でいちばん静かな曲。素朴で、ゆるやかで、寂しいメロディー。祈りが歌という形をまとった曲。
 お遍路を歩いているとき、道端にたった一輪だけ咲いている花を見かけた。たった一羽で飛んでいる鳥を見かけた。あれは自分だと道理も通っていないことを考えた。自分もたったひとり歩いていかねばならない。たったひとりで生きていかねばならない。
 けれど、道端の花は太陽や雲や風や虫たちを知っている。鳥は人では知り得ぬような景色をたくさん目にして生きていく。同じように自分もひとりだけど豊かだ。お遍路に来てたくさんの人と出会った。四国の美しい景色にたくさん出会えた。いまこうして歌っていてもピンクバンビの仲間が周りにいるかのようだ。この新しい曲に合わせて、エリーがキーボードを弾き、ピコがベースを弾き、フジがドラムスでリズムを取ってくれているのが聞こえる。ピンクバンビを愛してくれたK太が微笑んでいる。冬の土手の上を高らかに口笛を響かせて歩いていく高木まりえが見える。
 自分はひとり。でも、自分の中はなんて豊かなのか。なんて多くのものと生きているのか。寂しいメロディーに凛とした気高さが宿る。
 お大師様はその口に明星が飛びこんできて悟りを開いたという。自分を含め、多くの人たちは明星からやってきてくれることなんてあり得ない。こちらから明星を目指して歩き続けるしかない。はるか明星を目指し、自問自答しながら、歩いていくしかないのだ。そうしたときに、この新しい曲がみんなの支えになってくれればいい。この曲が心の中で響いているうちは、おそれるものなどなく進んでいけますように。
 花凛は目を開けた。みんな泣いていた。微笑んでごまかそうとしたけれども、いっしょになって泣いてしまった。自分の歌が人の心に届いている。いま幸せな関係を築けている。
 心が震えて、歌声が澄んだ。お遍路のあいだに見た空と海の青に包みこまれた気がした。長く苦しかった旅が一瞬のことに思え、旅の記憶はあまやかな色合いに染められていった。
 歌い終え、花凛は深々と頭を下げた。
「いま歌ったのは『ぼくらが目指した明けの星』という曲です。わたしが歩きながら感じたことがみなさんに伝わったならうれしいです。では、今日はこれにて以上になります。ありがとうございました」
 ビールケースを降りる。玲が太陽が麻耶が剣也が駆け寄ってくる。花凛は泣きながらみんなの元へ向かった。



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〈プロフィール〉
関口 尚(せきぐち・ひさし)
1972年、栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。
2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して、作家デビューする。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞を受賞。
著書に、『君に舞い降りる白』『パコと魔法の絵本』『はとの神様』などがある。
Back number
12(最終回)
11
10