よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第一話 金泥の櫛(くし)

島村洋子Yoko Shimamura

   十

 春日屋幸兵衛はおおっぴらに探すわけにもいかず、ひとりひとりにそれとなく探りを入れていたが、櫛をなくしたお美弥と梅香以外にも髷に挿すほうの笄をなくした女郎が三人いたことがわかった。
 髪形によっては髷に挿さないこともあるので自分の手持ちの箱にしまいっぱなしのことがある。
 なくした者たちは恐縮しながらもどこでなくしたものやらと不思議がっていた。
 集めている者がいたとしてもそんな偽物を集めてどうしたいのか幸兵衛もわけがわからなかった。
 どこかに売ったとしても見る者が見ればたいした値段にはならないだろうし、同じ絵柄のものばかり集めてもなんの面白みもないだろう。
 そういえば出入りの新しい髪結いの男が、
「櫛をなくしたのはお美弥ちゃんと誰でしたっけね」
 と尋ねてきたのも妙な話だった。
 よくよく聞いてみたら瓦版を見て仰天したお美弥は髪結いの亀屋に行った時に自分の櫛をなくしてしまったことを相談していたらしい。
 こんな話が広まるのは吉原の大店としては恥ずかしい話だが、相手が髪結いとなれば櫛の値段などすぐにわかることなのだから仕方があるまいと幸兵衛は思い直して、梅香の名を教えた。
「そんなことを知ってどうしようというんだい」
 と聞いたら、
「いや、なんか気になりまして」
 とにやりと笑いやがった。
 その笑顔を見て、幸兵衛はすべてを見透かされているような気がしてヒヤリとした。

    十一

 龍田川は京からの下りものの金平糖(こんぺいとう)の箱を手の上に載せて考えていた。
 髪結いの新入りの男から「自分が今度髪結いに入ることがあったら、どうか梅香という女郎をさりげなく呼んでくれないか、そうしてくれればお美弥が悩みに悩んでいた土左衛門の櫛の話が解決するかもしれない」という手紙が来たのである。
 いろいろな身分の男から恋文をもらうことはあったがこんな不思議な手紙をもらったことはない。
 しかし何かをつかんでいるのだろう、そうでなければこんな変な手紙を寄越すわけもない。
 あの男は好いたらしい優男で言い寄って来る女も多いだろうが、その手のいやらしさが微塵(みじん)もない。
 どちらかと言えば色気ではなく頭の良さが魅力のような男だった。
 自分によこしまな思いがあっての動きとも思えないので、禿に、
「亀屋に行って次に結いに来てもらう日にちを決めとくれ。その時には梅の花も飾っておきます、と言うんだよ」
 と言伝を頼んだ。
 禿はぷっくりとした唇を突き出して驚いたように、
「え、梅ですか」
 と言ったがそれ以上はなにも言わなかった。
 禿が花魁に逆らうことなどもってのほかだし、いくらいまが梅雨時でも、春日屋の龍田川の力をもってすれば梅でも桜でもどこからか持って来られるのだろうと思い直したのかもしれない。
 野暮なことは言わないのがここ吉原の掟(おきて)でもあった。
 金平糖で誘うなんて子どもじみているかもしれないが、名のある京の老舗のものなら梅香も嬉しいだろうと龍田川は手のひらの上の箱を見つめていた。

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

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