第一話 金泥の櫛(くし)
島村洋子Yoko Shimamura
十二
鬢付け油の良い匂いがする立派な部屋に梅香はおずおずと入った。
二階に花魁たちがいる豪華な部屋があるのは噂に聞いていたが、上がることなどなかったのでなにからなにまでが珍しくきょろきょろしてしまう。
欄間の見事な彫り物や襖の絵柄、どこを見渡しても美しい花鳥風月が生き生きと描かれていて、竜宮城というのはこういうところなのだろうと思った。
突き詰めれば自分と同じ仕事なのかもしれないが何もかもが違う。
あまりに身分が違いすぎていままでちゃんと見たことのなかった昼三の龍田川は色気があるのに少し幼いような、なんとも言えない可愛らしさがある。
後ろで亀屋の新しい髪結いが龍田川の豊かな髪を慣れた手つきでまとめていた。
「お呼びでしょうか」
おそるおそる声を出した梅香に、
「この金平糖でもお食べ。京から下って来たそりゃあ珍しいもんだよ」
と龍田川はその緊張をほぐすように言った。
金平糖は色とりどりで美しく、丸くて小さな角のある砂糖菓子である。
安いものはたまに目にするが、京から下って来るような高価なものは花魁にでもならないと滅多に口に入ることはない。
梅香は若草色の一粒を口に運び、ゆっくりと舌の上で転がしながら味わった。
「ねえ、あんたの父っつあんの仕事はなんだったと言ったっけねえ」
相手を追い詰めないよう、それでいて誘導するように話すのには技が必要だが、花魁ともなればその術(すべ)に長(た)けている。
梅香は驚いたような顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「漆塗りの職人でした。腕も悪くはなかったんですが……」
語尾を濁したまま口をつぐんだところを見ると言いにくいことがあるらしい。
まあ何かそういうことでもないと娘は吉原に売られて来ないのは誰にでもわかったことである。
その梅香の言いにくいことを龍田川も清吉もそれぞれに想像していた。
十三
清吉は吉原を出て神田(かんだ)のほうに向かった。
春日屋幸兵衛が偽物の櫛と笄を作らせたという職人とその話を幸兵衛に持ちかけた小間物屋を探すためである。
亀屋での用を足すのはもっぱら清吉の仕事になっていたので、買い物のついでに少し足を延ばすことにしたのである。
梅香というのは器量も良いが気性も良いらしく嘘をつくようなことなどなさそうだった。
尋ねられた言葉に言いにくそうに、
「せっかくの旦那からの預かりものなんですが、生意気なことを申し上げますが気に入るものではなかったので、ずっと小間物入れにしまっておりましたらなくなりました」
と言った。
「どうして気に入らなかったんだえ」
という龍田川の問いかけに、
「良いものではありませんし」
と正直に答えたのも清吉には感じが良く思えた。
- プロフィール
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島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。