第一話 金泥の櫛(くし)
島村洋子Yoko Shimamura
十四
「腕は良かったけどどうしたって話でありんしたかねえ」
龍田川の問いかけに梅香は二、三度首を振った。
「結局、私がここに売られて来るくらいなのですから、本当はそれほど腕が良かったわけでもないのかもしれません」
梅香は悲しそうに切れ長の目でまっすぐ龍田川を見て言った。
ここに売られて来る女にはそれぞれの歴史がある。
どう落とし前をつけているのかはその人物によるのだが、梅香も自分なりにその理由を考え運命ととらえているのだろう。
「あんたはさっき、気に入らないから櫛を使わずに小間物入れだかなんだかに入れといたらなくなったとお言いだったでありんしたねえ。その気に入らない理由ってなんだったんでありんすかね」
龍田川は梅香に問いかけた。
わざわざ店主から今後の励みにともらったものである。
大切に髪につけて自慢してもいいものだろう。
「それは」
と梅香は切れ長の目を伏せた。
そして一拍おいて言った。
「偽物というかなんだかあれはまがい物だと思ってなんとなくつける気がしなかったんです」
「まがい物」
「おとっつあんの仕事柄、子どもの頃からいろんな漆の品物は見ておりますから。値はたとえ張らなくても一所懸命な仕事というかそういったものはわかりますから」
梅香の言葉に龍田川はうなずいたが、じゃあお美弥がなくしたそれはなんだったんだろうと思った。
もしかして本物などどこにも無くてじつは全部が偽物で自分の持っているものだけを皆が皆、本物と信じこまされているだけなのかもしれない。
吉原で起こる恋に似たものは全部まやかしなのに、自分と遊女の恋だけが本物と皆が皆、信じこんでいるように。
- プロフィール
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島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。