第二話 おばけ騒ぎ始終
島村洋子Yoko Shimamura
五
あれから清吉は毎日、九郎助稲荷に通うようになった。
こりんが見たものが本当におばけだったのかを確認するためである。
神様を拝んでみるとすがすがしく、一日の始まりとしてはいい日課になった。
しかしやっぱりおばけも白装束の女もいない。
半月ばかり日課にしたあたりで、一日の始まりだけではなく仕事が終わったあとにも神様にお礼を言うのはいいことであると思い、夜にも通ってみることにした。
こりんのこととは関係なく、一度始めてみるとなかなかやめられなくなり、その日も月明かりの中、行ってみた。
ご法度である男との逢(あ)い引きをしている女郎を見かけることもないではなかったが、それには気づかないふりをしつつ清吉はお稲荷様に手をあわせた。
そしてその日見た何気ないことを龍田川に翌日報告した。
あれからこりんも落ち着いてきた様子で、幼いながら毎日の務めをきちんと果たしていた。
こりんは白昼夢を見たのだろう、ということでこのまま落ち着くように見えた。
「狐は化かすと言うしね」
そう言う鏡越しの龍田川の言葉に、
「いまあっしもそう考えておりました」
と清吉はうなずいた。
「こりんにだけは見えたのかもしれないねえ」
龍田川はそう言って気だるそうに息をついた。
今夜、気のすすまないお大尽が来るらしい。
床入りするかどうかは花魁が決めることとは言いながら、そうそうわがままも言っていられないだろう。
龍田川はどんなに嫌なことがあっても清吉の顔を見ると気持ちが落ち着くので不思議だった。
これは恋というものなのだろうか。
何しろ恋をする前に売られる身になってしまったので、男というものをどこか避けるような気持ちもあった。
男はどんなに優しいことを言ったとしても次々に新しい女を作る生き物であり、信じるのが馬鹿らしいと気づいていたのである。
それにどうせ好きな男ができても自分の意思で一緒になれる身分ではない。
どの男とも距離を保ちつつ、信用できる人間を味方につけていくのが一番いいやり方であるとどこかで気がついてしまったのである。
このあいだ、気絶してしまったことをあの田舎者のお大尽は怒りもせず、
「龍田川が元気になった祝いとして二の酉(とり)の日には総仕舞(そうじまい)をする」
と言ったらしく、だんだんその宴(うたげ)が近づいてきて気が重い。
総仕舞というのは、店を貸し切りにして全員を買い上げるという一晩で何百両も使う、大きな宴である。
料理も酒も最高のものを注文し、皆で一晩騒ぐのである。
もちろん芸者衆の踊りや三味線(しゃみせん)、太鼓持ちの芸もあり、上座に龍田川を座らせてちやほやと持ち上げてくれるのだが、やはり好きではない男相手なので気が重い。
しかし店としてはありがたい上客だしここまでくると逃げるわけにはいかなくなってくる。
むこうもそれが狙いの総仕舞であるわけだ。
「そんなたびたびひっくり返るわけにはいかないでありんしょうね」
龍田川は鏡の中の自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「すべては花魁の心のままに。それが許されてるのが花魁ですからね」
いま自分はひとりの女ではなく花魁なのだ、と龍田川は清吉の言葉に大きくうなずいた。
- プロフィール
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島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。