よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第二話 おばけ騒ぎ始終

島村洋子Yoko Shimamura

 そしてあの日、女房が葬式で三日ほど家をあけることになった時この機会を逃すまいとお峰を売ることにした。
 急にそんなことをお峰本人に言っても素直に言うことを聞くはずもないので、かどわかすためにならず者の男を雇った、とここまではわかったという。
「それからおっかさんはどうしたの?」
「ひどく問い詰めてわけがわかったんで、とっくにおとっつあんを追い出して別れちまったよ。それから近所のみんなでお峰ちゃんを探したんだよ。夜、男に連れられて行ったのはわかったから、下総の奥のほうまで探しにいって川っぺりの宿のことはやっとわかったんだが、次に売られたところがわからないから難儀してね。とにかく幸せになってくれていたらいいと毎日みんなで観音様にお祈りしていたんだよ」
 お峰は母や近所のみんなの気持ちに涙が出てきた。
「おっかさんにお峰ちゃんのことは伝えとくから。どうするにしてもこれからのことは考えようや」
 そう言って信太はお峰には指一本触れず、話だけして帰っていった。
 それからしばらくして手紙が届いた。
 母からだった。
 文字は書けないので誰かの代筆だろう。
 吉原に品物をおろしている顔馴染みの酒屋が届けてくれたのである。
「おみねへ」
 と始まるその文章は、葬式に出かけて帰ってくるとお峰がいなくてたまげたこと。探しに探しても見つからなかったので毎日泣いて暮らしていたらどうやら吉原でそっくりな娘がいる、という噂を聞いたこと。それも見かけたというのがひとりやふたりではなかったこと。そうしているうちに信太が話をして絶対に本人だとわかったので必ず会いにいく、お酉さまの一の酉の日に会いに行くので待っていてほしい、そして何をしてでもおまえを必ず救い出す、と書いてあった。
 酉の日というのはまだしばらく先だった。
 救い出すといえどもそんな何十両もの借金、母ひとりで稼いで返せるわけもないのにいったいどうするつもりなのだろう。
 鷲(おおとり)神社では十一月の酉の日に市が立つ。
 その日には堅気の女も吉原大門から中に入ってくることができる。
 年によって酉の日が何回あるのかは違うが三の酉まである翌年は迷信であろうが、火事が多いとも言われている。
 男も女も老いも若きも皆、酉の市で買った「かっこめ」といわれる商売繁盛の縁起物である熊手を手にしてその日は前の夜から酔っぱらって上機嫌である。
 離ればなれになった母子や姉妹が会えるので楽しみにしている者もいる。
 お峰は指折り数えてその日を待った。
 雪が降りそうに寒い日だった。
 昨夜も客を取ってあまり寝る暇はなかったが母に会えると思うと胸が躍ってお峰はよく眠れなかった。
 眠い目をこすり昼の日なか、九郎助稲荷の前でお峰は母を待っていた。
 お峰が鳥居をくぐったとたん、見覚えのある姿が近づいてきた。
 白髪が増えていくらか年をとったように見えるが、間違いなく母である。

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

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