よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第二話 おばけ騒ぎ始終

島村洋子Yoko Shimamura

   十一

「結局どうなったんだろうねぇ」
 龍田川の問いかけに髪結いの清吉は、
「それこそ神隠しじゃないかと言ってますよ」
 と口に元結(もっとい)の紐をくわえたまま返事をした。
 龍田川の襟の奥にはやはり膏薬(こうやく)のようなものが貼ってあってその上に白塗りをしているのが気になるが、それについて清吉はなかなか質問することができなかった。
「神隠しなんかこの世にあるのかねえ」
 龍田川は小声で言った。
「あの日、この吉原から消えたものが二つありんすよ」
 清吉が、えっ? と驚くのを鏡の中に見える龍田川は見逃さなかった。
「いまはもうおばけの話をしてる者はどこにもいないでありんしょう」
「だってあれは結局、お百度踏んでいたのか、丑の刻参りか何かの白装束の年増だったそうですよ」
 ぐるぐると龍田川の元結をきつく締めながら清吉は言った。
「その女の姿をもう見ないでありんしょう」
「ようやく百日たったんじゃないですか」
「だから」
 あ。
 清吉は大きく目を開いた。
 そうか。
 いなくなったのは白装束の女とこの店の女郎、お峰だ。
 もしかしてふたりはじつはひとりだったのか。
「え、でも白装束はお峰さんじゃないでしょう」
 女郎は昼間もなにかとすることがあって忙しい。
 毎日、白装束になって水ごりしているわけにもいかないだろう。
「いや、わちきもそれがどうなったかはわかりんせんのでありんすが、何かたまたまのことにしても同じ日に失せてしまったというのはどうも腑(ふ)に落ちないんでありんすよ」
 龍田川はそう顔をあげて清吉に言った。
 もしかしてお峰がその白装束と入れ替わって出ていったとしても四郎兵衛会所の連中は毎日のことなので、また明日も来るお参りの女だと思い注視はしないかもしれない。
 なら本当の白装束の女はまだこの吉原でしらばっくれて暮らしているということなのだろうか。
 もしかして龍田川にはそれがわかっているのかもしれない。
 清吉はあらためて花魁というのは美しいだけではなく、とんでもなく頭の良い女なのだなあと龍田川をしげしげと見た。
 それを知ってか知らずか龍田川は横にはべっているこりんとおふくに、
「おばけは本当にこの世におりんすのかねぇ。おばけより怖いのは生きている人間ってみんなおっしゃいますけれど」
 と微笑んだ。

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

Back number