連載
夫婦で行く 東南アジアの国々
「夫婦で行く 東南アジアの国々」 清水義範 Yoshinori Shimizu
第一章 ミャンマー(下)

 六日目の朝は夜明け前に起き、五時半にホテルを出てマンダレー国際空港に来た。個人旅行ではパスポート・チェックがあるそうだが、グループ旅行なのでそれはパスだった。飛行機は自由席でガラガラである。予約していた客がすべて乗り込んだので予定より二十分早く七時二十五分に飛び立つ。そして二十五分のフライトで七時五十分にバガンのニャウン空港に着いた。
 さほどの距離でもないのに飛行機移動になるのは、道路状態が悪いということもあるのだろうが、少数民族との紛争のせいもあるかもしれない。ミャンマーには百三十五の少数民族がいて、民族間の紛争もあり、内戦状態になっているところもあるのだ。気楽に旅行できない地区があちこちにあるわけである。
 とにかくバガンに着いて、いよいよ観光だ。ここは東南アジア三大仏教遺跡のひとつで、カンボジアのアンコール・ワット、インドネシアのポロブドールと並ぶ(アンコール・ワットはヒンズー教遺跡だが、アンコール遺跡群の中にはアンコール・トムのバイヨン寺院のように仏教遺跡もある)。
 バガンはエーヤワディー川(イラワジ川)中流域の東岸にあり、この辺りは乾燥地帯で乾いたむき出しの地面に椰子や灌木がまばらに茂る土地だ。約四〇平方キロメートルほどの面積の広々とした平原の中に、約三〇〇〇ものパゴダや寺院が建ち並んでいる。
 八四九年頃ビルマ族のピィンビャがバガンに町を建設させ、一〇四四年アノーヤター王の時代に王国となり、バガンはその王朝の首都となった。それから約二百五十年間繁栄したが、一二八七年に元軍が侵入してきて、王朝は次第に衰退していった。
 アノーヤター王の時代に、下ビルマのモン族のタトゥン王国から仏教経典を取り戻すための戦争があり、アノーヤター王はその戦いに勝ち上座部仏教の経典がもたらされて、国民の間にも広く信仰されるようになった。その結果多くのパゴダや寺院が作られることになったのだ。最盛期には五〇〇〇ものパゴダや寺院があったそうだ。
 パゴダや寺院の大きさはまちまちで、六五メートルの高さがある大きくて堂々としたものから、一メートル程度というこぢんまりしたものまである。それは、パゴダや寺院を建立したのが王族や権力者だけでなく、普通の民衆が財をなげうって建立したからである。
 まずはシュエサンドー・パゴダを見る。オールドバガンの城壁のすぐ外にあるものだ。ここは一〇五七年に建てられたバガン黄金期の初期のパゴダである。王朝を開いたアノーヤター王の全盛期の建築物だ。五層のテラスを持つ見事な仏塔で、釈迦の遺髪が祀られている。
 ここは上ることができた。外側の斜面の急階段を上り、最上階のテラスに立つと四方の広々とした平原に、大小取り混ぜて点々と建つパゴダが見渡せる。パゴダの上から周囲を見ればいっぱいパゴダが見えるわけだ。バガンの最高に美しく壮大で神秘的な景色であった。ちょっと感動的である。遠景は、乾いた地面からの土埃のせいで少し霞んで見える。

バガンに点在するパゴダ群


1         10 11 12 次へ
 
〈プロフィール〉
清水義範(しみず・よしのり)
1947年10月28日名古屋市生まれ。愛知教育大学卒業。81年『昭和御前試合』でデビュー。88年『国語入試問題必勝法』で第9回吉川英治文学新人賞を受賞。奇抜な発想とユーモアを駆使した小説やエッセイを次々と発表。著書多数。
Back number
第四章 ベトナム(下)
第四章 ベトナム(上)
第三章 ラオス(下)
第三章 ラオス(上)
第二章 タイ(下)
第二章 タイ(上)
第一章 ミャンマー(下)
第一章 ミャンマー(上)