連載
夫婦で行く 東南アジアの国々
「夫婦で行く 東南アジアの国々」 清水義範 Yoshinori Shimizu
第五章 カンボジア(上)

 東南アジアを巡る旅の、五か国目はカンボジアである。二〇一五年十一月の旅だった。
 成田からベトナム航空の機で、ホーチミン乗り換えで十七時二十五分、カンボジアのプノンペン国際空港に着いた。
 空港を出たあたりはきれいにしてあったが、空港内のトイレはコンクリートの天井がむき出しで、配管も丸見えという状態であり、国の貧しさを感じさせた。
 時間帯のせいか、空にはたくさんの蝙蝠が鳴き騒いでいた。
 現地ガイドのパークンさん(女性)に迎えられ、バスで市内のホテルに向かう。
 パークンさんから、水道水は飲めないのでミネラルウォーターを飲むように、スリが増えているので荷物に注意するように、ということを言われた。
 カンボジアの通貨はリエルだが、(この旅の時、一ドルが約四千リエル)米ドルが使える、チップも米ドルでいいときく。
 ホテルまでは五キロメートル程だが、一時間くらいかかる。渋滞がすごいのだ。最近、車やバイクが非常に増えているのだそうだ。トゥクトゥクも走っている。トゥクトゥクはバイクで引いていて少し大きい。
 道路沿いには屋台が多い。テーブルと椅子を出して商売している。中古車を売る店も多い。ケンタッキー・フライドチキンの店やピザの店も多い。
 十九時十五分、やっとホテルに到着した。
 チェックイン後、近所の中華レストランへ皆さんと一緒に夕食をとりに行く。空芯菜炒め、麻婆豆腐、酢豚、チャーハン、焼そばなどを頼み、アンコールというビールを飲んだ。アンコールはカンボジアで最もポピュラーなビールのようである。
 夕食後、妻と二人でホテルの近くのコンビニへ行った。プレミアム・アンコールというビールがあったのでそれを二本買ったところ、二ドルで七百リエルのお釣りがあり、安いなあと思った。
 さて、一夜明けて二日目の午前中はプノンペンの市内観光だ。といっても行くのは二か所だけである。プノンペンは一八六三年、カンボジアがフランスの保護国になった時に首都になった街だ。
 ツールスレン博物館に行った。ここはポル・ポト政権時代にS21と呼ばれた刑務所だった。いきなりそこから見るのかと暗い気持ちになる見学である。
 ポル・ポト政権は一九七五年四月から一九七九年一月までの三年九か月の間、カンボジアを支配した。そして正気の沙汰とは思えないような恐怖政治をした。
 全土で無謀な社会主義改革が強行され、反革命分子とされた人々は家族と共に捕えられ、刑務所に送られ激しい拷問と尋問を受け、キリング・フィールドで処刑された。

ツールスレン博物館の尋問室


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〈プロフィール〉
清水義範(しみず・よしのり)
1947年10月28日名古屋市生まれ。愛知教育大学卒業。81年『昭和御前試合』でデビュー。88年『国語入試問題必勝法』で第9回吉川英治文学新人賞を受賞。奇抜な発想とユーモアを駆使した小説やエッセイを次々と発表。著書多数。
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