連載
夫婦で行く 東南アジアの国々
「夫婦で行く 東南アジアの国々」 清水義範 Yoshinori Shimizu
第五章 カンボジア(下)

 五日目は早朝五時十五分にホテルを出発した。アンコール・ワットに朝日が昇るのを観賞するためだ。
 まだ真っ暗な中、懐中電灯の明かりを頼りにチェックポイントからアンコール・ワットに歩いていく。境内に入り、思い思いの場所で朝日が昇るのを待つ。私たちは初め参道のところにいたのだが、写真写りがよさそうなので聖池のほとりに移動した。そこにはもう大勢の観光客がむらがっていた。でもなんとか場所を確保。
 空が白み始め、たなびく雲がオレンジ色に染まっていく中にアンコール・ワットのシルエットが黒々と浮かびあがる。
 しかし思いのほか雲が厚く太陽は見えない。もっと輝くような朝日を期待していたので少しがっかりした。
 明るくなったので、昨日見残していた第一回廊の東面へ行く。乳海攪拌(にゅうかいかくはん)と、ヴィシュヌ神と阿修羅の戦いのレリーフを見学した。乳海攪拌とはマハーバーラタやラーマーヤナで語られるヒンズー教の天地創造の物語だ。神々と阿修羅が協力して海をかきまわすと、太陽や月や、牛や象や馬などが出現するのだそうだ。夥(おびただ)しい神々がむらがっているレリーフだ。
 北面に移動してクリシュナと阿修羅の戦い、アムリタ(不老不死の妙薬)を巡る戦いのレリーフを見る。アムリタを巡る戦いのレリーフは、ずっと後の十六世紀のアン・チャン一世の指示で作られたものだそうだ。
 第一回廊の壁画は全長七百六十メートルに及ぶもので、びっしりと描かれたレリーフはその壮大なスケールに驚くしかない。アンコール・ワットはものすごい、という印象をもたらしてくれるものだ。
 一旦ホテルに戻り、朝食と小休止をとる。
 十時三十分、再び出発。今日はシェムリアップ近郊の観光だ。
 バンテアイ・クディに到着。十世紀に建てられたヒンズー教寺院を十二世紀末にジャヤバルマン七世が仏教寺院として大規模改修を行った寺院である。
 バンテアイ・クディとは僧房の砦という意味で、僧の学校として使われたといわれている。ラテライトの周壁に囲まれた東西七百メートル、南北五百メートルの境内には、四面仏塔、テラス、桜門、中央祠堂が並んでいる。こぢんまりとした美しい寺院だ。
 東門から入ると十人くらいの音楽を演奏している人たちがいた。地雷で体が不自由になった人が普通の職業に就けないため、音楽を演奏して生活の糧を得ているのだと見てとれた。我々日本人を見て、曲を「サクラサクラ」にした。妻はさりげなく接近して喜捨をした。
 ここバンテアイ・クディは上智大学の調査隊が二百七十四体の首を切断された仏像を発掘した場所だ。説明の看板が立っていた。
 一度仏教寺院にされたあと、またヒンズー教寺院に改宗されたのだそうで、その時に廃仏されたらしい。
 西門から出て寺院の南側を回る。ガジュマルの木の根元には小さな仏像が放置してあった。



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〈プロフィール〉
清水義範(しみず・よしのり)
1947年10月28日名古屋市生まれ。愛知教育大学卒業。81年『昭和御前試合』でデビュー。88年『国語入試問題必勝法』で第9回吉川英治文学新人賞を受賞。奇抜な発想とユーモアを駆使した小説やエッセイを次々と発表。著書多数。
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