連載
夫婦で行く 東南アジアの国々
「夫婦で行く 東南アジアの国々」 清水義範 Yoshinori Shimizu
第五章 カンボジア(下)

 しかし、東南アジアのこの種のマーケットには少し飽きてきたな、という気もするのであった。何か土産物を買おうかと思っても、よさそうなものはタイ、ラオス、ベトナムなどでもう買ったものばかりだし。
 と思っていたら、妻が提案をした。
「少し時間があるからあそこで休まない」
 マーケットの斜め向かいにパラソルを出しているカフェがあった。ビールが飲めそうである。
「目敏(めざと)いね」
「どこでならビールが飲めるか常に注意しているもの」
 そのカフェで、カンボジアという銘柄のビールを飲んだ。小瓶で二・五ドルである。
「今までで一番高いな」
「場所柄から、外国人観光客向けの店なのよ」
 とにかく、坐ってビールが飲めればこの上なくくつろぐのであった。
 ゆったりした表情で妻がこう言った。
「カンボジアの観光はこれで終わりだけど、カンボジアはどうだった?」
「遺跡をいっぱい見たよね。その中ではやっぱり、アンコール・ワットとアンコール・トムがハイライトかなあ」
「それ以外の、廃墟みたいな遺跡もなかなか味があったわよ」
「靴が傷んだけどね」
「瓦礫の山みたいな遺跡でも、デバターや、シヴァ神のレリーフなんかが見ごたえがあるの。文化的には豊かなんだなあという気がしたわ」
「バンテアイ・スレイの『東洋のモナリザ』は魅力的だったと思う」
「そのほかにも、国立博物館で見たガルーダの像や、ジャヤバルマン七世の像なんかは見事だったわ」
「言われてみれば、いいものをたくさん見たかな」
「アンコール王朝の底力なのよ」
 そうかもしれない、とうなずいてから、私はこう言った。
「でも、同時にこの国の貧しさも見えたって気がするな。遺跡の近くに日本人が食事できるレストランがなくて、毎日弁当だったというのが、貧しさのあらわれだよ。カエルやヘビやタランチュラまで食べているんだものなあ」
「内戦の傷痕なのよ。一九九三年まで内戦をしてて、まだ二十二年(二〇一五年時点で)しかたってないのよ。その傷はまだ癒えていないんだと思う」
 そういう重さは確かに感じ取れた。街中でも地雷被害を受けた人が物乞いをしているのを見たのだ。カンボジア人は愛想が悪いわけではないが、生きていくのに必死という感じがあった。
「だから、文化的な豊かさのほうに注目してやるべきか」
「そうよ。そっちではいいものをたくさん見たんだから」
 そこで私はこう言った。
「そのこととは別に、この旅行はシェムリアップのホテルに六連泊もして、毎日そこから観光に行くというふうだっただろ。だから、次の土地をめざして進んでいくっていう、さすらっていく感じがなかったね。ずっと同じところにいたみたいで」
「でも、おかげでスーツケースの中身を出したり入れたりしなくてよくて楽だったのよ」
「そうか。そういうよさもあるか。楽に観光できて、いいものをいっぱい見たということにしておくか」
 それが感想のまとめかな、と思う私であった。ビールのおかげで、好印象にまとまったようである。
 午後二時三十分頃、ホテルに戻る。そして、五時にホテルを出て空港へ。ベトナム航空便でハノイで乗り換え、日が変って〇時二十分の便で成田へ帰るのだ。成田に着くのは九日目の午前七時である。
 カンボジアは貧しいのに、文化的には豊かであった。そういう矛盾の中にあの国はあったような気がする。



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〈プロフィール〉
清水義範(しみず・よしのり)
1947年10月28日名古屋市生まれ。愛知教育大学卒業。81年『昭和御前試合』でデビュー。88年『国語入試問題必勝法』で第9回吉川英治文学新人賞を受賞。奇抜な発想とユーモアを駆使した小説やエッセイを次々と発表。著書多数。
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第七章 インドネシア〈ジャワ島〉
第六章 マレーシア(下)
第六章 マレーシア(上)
第五章 カンボジア(下)
第五章 カンボジア(上)
第四章 ベトナム(下)
第四章 ベトナム(上)
第三章 ラオス(下)
第三章 ラオス(上)
第二章 タイ(下)
第二章 タイ(上)
第一章 ミャンマー(下)
第一章 ミャンマー(上)