連載
夫婦で行く 東南アジアの国々
「夫婦で行く 東南アジアの国々」 清水義範 Yoshinori Shimizu
第七章 インドネシア〈ジャワ島〉

 ジョクジャはインドネシア独立戦争時代の一九四五年から一九四九年までインドネシアの臨時首都だった。戦闘は一九四九年まで続き、一九四九年十二月、インドネシアはオランダからの独立をはたす。ジャカルタに首都が移される。
 ジョクジャにはスルタンがいたが、独立後は共和国に入り、ジョクジャ十代目のスルタンはジョクジャカルタ州の知事になった。
 ジャワ島は北部に火山があり、土が肥えていて様々な作物がとれる。南部は海産資源が豊富だ。
 鉄道はかなり普及していて、大都市間以外は本数こそ少ないが、駅が街中にあり、郊外にターミナルのあるバスよりもジャワ島内を移動するには便利だそうだ。
 葬式はイスラム教では土葬、水葬、火葬などいろいろ認められている。ヒンズー教は火葬する。
 道路沿いには石屋が多い。土石流で流れてきた石を川から引き上げて使用するのだ。そのままにしておくと川床が高くなり、次の土石流で被害が広がるので石は取らなければならない。石は家の建材にも、仏像や神像にも、庭の飾り彫刻にも、植木鉢にもなる。そういうものを彫って並べた石屋が道の両側にずっと続いている。
 インドネシアで生活レベルが高いのは中国系(華僑)の人々だ。ジャカルタの州知事も中国系の人物である。中国系の人は公務員になれない(知事は公務員ではない)ので商人になることが多く、商売が上手なので成功して金持ちになるのだ。


 ボロブドゥールに到着した。内外の観光客が非常に多い遺跡で、修学旅行で学生たちもよくやってくるそうだ。二〇一五年の十二月三十一日には休日だったこともあり、四万二千人の参拝客がやってきたそうだ。
 東南アジアの三大仏教遺跡(あとの二つはミャンマーのバガンと、カンボジアのアンコールワットだ)のひとつであり、私たちはついに三つとも見物したのだ。
 中部ジャワ地方には大小様々な宗教遺跡が点在する。そのひとつが仏教王国時代の遺跡で、世界文化遺産になっているボロブドゥール寺院遺跡群だ。
 ボロブは僧院、ドゥールは丘の意味。ボロブドゥールが建てられた八世紀は仏教が盛んに信仰されていた。九世紀にはヒンズー教が強くなり、十四世紀にはイスラムがやってきてみんな改宗した。改宗しなかった人々はバリ島など東に逃げた。
 ボロブドゥールは世界最大級の石造仏教遺跡だが、多くの謎に包まれた寺院だ。この巨大な建造物が何の目的で作られたのかわかっていないのだ。
 七八〇年頃に着工され、五十年の歳月をかけ八三〇年頃完成したと言われている。シャイレンドラ王朝のダルマトゥンガ王によって作られ始め、サマラトゥンガ王の時増築されたのだそうだ。
 シャイレンドラ王朝は七四二年頃、ジャワ島中部に建てられた王朝で大乗仏教を信仰する海洋国だった。八三〇年頃、ボロブドゥール寺院の完成後王朝は崩壊したという。
 しかしそれだと、シャイレンドラ王朝はボロブドゥール寺院群を作るためだけにこの世に存在した国のように感じてしまう。しかしこれだけ大規模かつ精密で美しい寺院を作った国がそんなに短命だろうか。
 このシャイレンドラ王朝は不思議な王朝で、シャイレンドラが意味する「山の王家」からインドシナ半島の古代王国扶南国の後継者にあたるとか、後にはスマトラ島でシェリーヴィジャヤ国となって九世紀頃まで存続した、などの様々な説がある。
 シャイレンドラ王朝崩壊後、シャイレンドラ王朝と婚姻で縁戚関係にあったヒンズー教国の古マタラム王国がこの地を支配し、ボロブドゥールは歴史の表舞台から姿を消し、密林に眠る伝説の遺跡となったのである。



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〈プロフィール〉
清水義範(しみず・よしのり)
1947年10月28日名古屋市生まれ。愛知教育大学卒業。81年『昭和御前試合』でデビュー。88年『国語入試問題必勝法』で第9回吉川英治文学新人賞を受賞。奇抜な発想とユーモアを駆使した小説やエッセイを次々と発表。著書多数。
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第七章 インドネシア〈バリ島〉(最終回)
第七章 インドネシア〈ジャワ島〉
第六章 マレーシア(下)
第六章 マレーシア(上)
第五章 カンボジア(下)
第五章 カンボジア(上)
第四章 ベトナム(下)
第四章 ベトナム(上)
第三章 ラオス(下)
第三章 ラオス(上)
第二章 タイ(下)
第二章 タイ(上)
第一章 ミャンマー(下)
第一章 ミャンマー(上)