連載
夫婦で行く 東南アジアの国々
「夫婦で行く 東南アジアの国々」 清水義範 Yoshinori Shimizu

第七章 インドネシア〈ジャワ島〉


 ボロブドゥールとその周辺の寺院の観光を終え、バスでジョクジャに戻ろうとしたら、コーヒーを干している店があった。ジャコウネコにコーヒーの実を食べさせて、その糞の中から消化されなかったコーヒーの種を取るのだそうで、非常に高級なコーヒーなのだ。

 コーヒーはオランダ人が来てから入ってきた。昔はインドネシア人はコーヒーを飲まなかった。売るほうが儲かったからだ。
 ジョクジャの郊外のレストランでインドネシア料理の昼食をとった。インドネシアではよくウコンを使うそうでスープに入っていた。そして、チキンのジャワカレーが、ココナッツとウコンが使われよく煮込まれており、非常においしかった。
 午後はプランバナン遺跡に向かう。沿道には椰子の木が多い。するとガイドが、椰子は捨てるところがない、という話をした。
 熟す前の椰子は上を少し切ってジュースとして飲む。椰子の汁を取り、煮詰めて砂糖を作ることができる。実を絞ってココナッツミルクを取り様々な料理に使う。若葉は箒(ほうき)、靴拭き、たわし、床掃除に使う。木の部分は年が経つと材木のように使える。柱、梁(はり)、家具、器、箸などに使う。
 沿道には田んぼも多い。普通二毛作だが、田植えしたばかりの田んぼ、青々とした田んぼ、黄金色に実った田んぼ、同時期に様々な田んぼが見られるのが面白い。
 赤い瓦屋根の家が多い。屋根の形は二段になっている。
 学校の制服は公立私立関係なく国で決まっている。上は白いシャツ、男の子はズボン、女の子はスカートで、小学生はあずき色、中学生は紺、高校生はねずみ色と決まっている。女の子は白いスカーフを被る。
 金曜日の昼の礼拝に、男性は行くのが望ましいとされる。熱心な人は毎日モスクへ行く。でも、礼拝はどこでしてもよく、今いる場所で礼拝してもいい。
 ドーム屋根のモスクも多い。一つの町に必ず一つある感じ。
 シーア派はほとんどいなくて、みんなスンニ派だ。
 看板などの文字はアルファベットである。
 大きくてピカピカのショッピングモールがあった。景気は悪くなさそうだという感じ。
 インドネシアには宗教省がある。小学校から宗教学を学ぶ。認められているのはイスラム教、キリスト教、ヒンズー教と、仏教。新興宗教は認められていない。
 身分証明書に宗教欄がある。同じ宗教同士で結婚する。しかし宗教は形だけ、という人もいる。信仰と宗教は別、ということか。
 プランバナン遺跡群に着いた。プランバナンは村の名前でプランバナン寺院という寺があるのではない。十四世紀頃十四か所の遺跡が知られていたそうだが、近隣の人々は遺跡だということを知らずに石を持ち帰り、自分の家作りの材料にしてしまった。遺跡の発見も長い間に少しずつ進んだようで、一九九八年になって発見された遺跡もあるが、それはもう一般の人の家の土台になってしまっていて再現できない。
 プランバナン遺跡は九世紀にサンジャヤ王朝時代に建設されたヒンズー教と仏教の寺院群である。サンジャヤは王の名前で七一七年に即位した古マタラム王国の王だそうだ。古マタラム王国はヒンズー教の国だった。
 プランバナン遺跡群には多くの仏教寺院も含まれている。それはボロブドゥールを作ったシャイレンドラ家とサンジャヤ家が婚姻により権力交代したため、王は王妃の信仰にも敬意を表したためだそうだ。
 つまり、シャイレンドラ王朝は崩壊したというよりも王女をサンジャヤ王朝(古マタラム王国)に嫁がせて終焉したと考えればよいのだろう。



      7   10 11 次へ
 
〈プロフィール〉
清水義範(しみず・よしのり)
1947年10月28日名古屋市生まれ。愛知教育大学卒業。81年『昭和御前試合』でデビュー。88年『国語入試問題必勝法』で第9回吉川英治文学新人賞を受賞。奇抜な発想とユーモアを駆使した小説やエッセイを次々と発表。著書多数。
Back number
第七章 インドネシア〈バリ島〉(最終回)
第七章 インドネシア〈ジャワ島〉
第六章 マレーシア(下)
第六章 マレーシア(上)
第五章 カンボジア(下)
第五章 カンボジア(上)
第四章 ベトナム(下)
第四章 ベトナム(上)
第三章 ラオス(下)
第三章 ラオス(上)
第二章 タイ(下)
第二章 タイ(上)
第一章 ミャンマー(下)
第一章 ミャンマー(上)