連載
夫婦で行く 東南アジアの国々
「夫婦で行く 東南アジアの国々」 清水義範 Yoshinori Shimizu
第七章 インドネシア〈ジャワ島〉

 水の宮殿の見物を終え、次に王宮(クラトン)に行った。ジョクジャカルタ王朝の初代スルタン、ハメンク・ブオノ一世の居城として一七五六年にジャワ建築の粋を集めて建設された。
 以来、現在の第十代目のスルタンまでこの王宮で暮らしている。そのため一般公開している部分はほんの一部だ。また、内部は南北に分かれていて南側は博物館になっている。
 入口には赤と金で羽根と王冠に囲まれハメンク・ブオノのイニシャルが刻まれた王家の紋章が飾られている。
 見られるところは、謁見の間、大広間、ガムラン音楽室、東屋、番人の部屋とジャワ・バティック(ジャワ更紗)、古い写真、各国からの贈り物などの展示のある部屋ぐらいだった。すべて平屋で、展示のある部屋以外は、壁がない開けっ広げ作りだ。

王宮(クラトン)のガムラン音楽室

 建物や装飾に緑色がよく使われている。王妃が好きだった色だそうだ。
 見事な彫刻のほどこされた柱、壁の代わりに設けられた低い仕切りにも美しい装飾があった。
 きれいなステンドグラス、ゴージャスなランプなどハメンク・ブオノ家のかつての権勢をうかがわせる。
 もうひとつ目についたのは、ジャワの伝統衣装を着けた年配の男性たちだ。彼らはクラトンを守る「武士」で、無給で王宮の保護、管理を行っている。
 クラトンでは影絵芝居、女性たちの踊り、ガムラン音楽などが行われており、王宮博物館といったおもむきで飽きない。
 しかし、ゆっくりと見て回り、見物は終了だ。
 王宮の隣の壁のないレストランで昼食をとった。宮廷料理をいただいたが、普通のインドネシア料理とそう違ってはいなかった。
 さて、この日の午後は自由行動の時間だった。スパへ行く人、スーパーへ買い物に行く人などいろいろである。私たちはジャワ更紗(バティック)の工場を見学に行った。
 紹介してもらったバティック工場はなかなか良い製品を作っているところだった。手描きのものは女性の仕事で、ペンの先に蠟(ろう)が流れこむ形の道具で美しい曲線を表現した植物模様などを描く。バティックは昴秩iろうけつ)染めだから、白く残したいところに蠟を置いていくのだ。とても細かい作業である。一方、型を使ったものは男性の仕事で、金属の重そうな蠟が入るスタンプ型を押していくのだが、印もないのに正確に押していく技術は素晴らしい。
 ジャワの伝統工芸を見ることができ満足した。
 その後スーパーへ行き、ジャワカレーのインスタントの袋と、乾燥ココナッツミルクの袋を買った。帰国してからジャワカレーを作ってみたが、とてもおいしかった。
 ホテルに戻り、いつものバーで夕食前のビールを飲んだ。すっかり顔を覚えられてしまったウエイトレスたちはちょっとあきれたような顔をしていた。だがバーでのビールとタバコで心からリラックスできるのだから、私たちにとっては大切な時間なのである。
「ここで三日間ビールを飲んだね」
 と妻が言う。
「うん。それで、今夜泊まったら、それでジャワ島の観光は終わりだよ。明日はバリ島へ行くんだ」
「バリ島も変わっちゃっているんだろうなあ」
 妻は結婚前に、ボロブドゥールとバリ島の旅行を母親としたことがあるのだ。だが古いことなので、昔とはかなり変わっているという印象を抱いているらしかった。
 夕食はジャワ風のフレンチ料理だった。チキンのグリルが主役である。食べやすいものであった。
 夕食後、ホテルの部屋でジャワ島最後の夜はふけていった。私の心はもうバリ島へ飛んでいた。



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〈プロフィール〉
清水義範(しみず・よしのり)
1947年10月28日名古屋市生まれ。愛知教育大学卒業。81年『昭和御前試合』でデビュー。88年『国語入試問題必勝法』で第9回吉川英治文学新人賞を受賞。奇抜な発想とユーモアを駆使した小説やエッセイを次々と発表。著書多数。
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第七章 インドネシア〈バリ島〉(最終回)
第七章 インドネシア〈ジャワ島〉
第六章 マレーシア(下)
第六章 マレーシア(上)
第五章 カンボジア(下)
第五章 カンボジア(上)
第四章 ベトナム(下)
第四章 ベトナム(上)
第三章 ラオス(下)
第三章 ラオス(上)
第二章 タイ(下)
第二章 タイ(上)
第一章 ミャンマー(下)
第一章 ミャンマー(上)