連載
夫婦で行く 東南アジアの国々
「夫婦で行く 東南アジアの国々」 清水義範 Yoshinori Shimizu
第七章 インドネシア〈バリ島〉(最終回)


 第四日目は午前六時半にホテルを出発して、ジャワ島のジョクジャカルタの空港から、バリ島のグラライ空港へ飛んだ。到着したのは午前十一時。時差があり、時間は一時間進むのだった。
 私の妻は一九八一年にバリ島とボロブドゥールの旅行をしている。結婚する直前の母子旅行で、あの時私はバリ島のTシャツを土産にもらった記憶がある。だから妻にとっては二度目のバリ島だ。
 空港出口でバリ島ガイドのパワナさんに迎えられる。とりあえずバスに乗るが、バスは少し小型だった。
 バリ島は面積が五千七百八十平方キロメートルでほぼ愛知県と同じくらいだ。人口は三百八十万人以上で、そのうち九〇パーセントがヒンズー教徒だ。
 バリ島の州都はデンパサールである。
 ヒンズー教にはカースト制度があるが、バリ島ではほとんど形骸化されていて皆平等に暮らしている。一応僧侶はカーストが高く、農民は低いのだが、バリは農業カーストの人が多いのだ。不可触民はいないそうだ。要するにカーストはお祭りの時だけに関係してきて、普段の生活ではあまり関係がないということだ。
 イスラム教徒が九〇パーセントだったジャワ島にはモスクがたくさんあったが、バリ島にはモスクはほとんどなく、ヒンズー教寺院があちこちにあり、ガイドの言うにはその数一万寺だという。
 村や地域に根差した寺院が多いのだそうだ。ひとつの村には火、水、風を象徴するブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァを祀(まつ)る三つの寺院がある。そのほかにも、海の寺院、丘の寺院、地域共同体の寺院、市場の寺院、田んぼの水を管理する組合の寺院などがある。
 地域を越えた寺院や王家ゆかりの寺院もある。親族集団の寺院や鍛冶屋組織の寺院もある。また、各家庭の北東の角に屋敷寺がある。
 一万寺は大袈裟かもしれないが、ほんとに寺が多いのだ。
 ただ、多くの寺は普段は開けていない。神様は常に寺にいるのではなく、お祭りの時にやってくるという考え方なのだ。お祭りは毎日どこかでやっている。寺を開け、聖職者がやってきて、村人総出で飾りつけをするのだ。
 建物に白と黄色の布を巻きつけ、フルーツや椰子の葉などで飾りつけ、非常にたくさんの供え物を作る。お供え物はひと籠五キロから十キログラムあり、頭にのせて運び、寺院内のあちこちに飾るのだ。
 男性は普段はズボンスタイルだが、お祭りの時はサロンという腰布を身につける。女性は普段でもサロンを身につけている。
 バリ人は給与の三分の一をお祭りに使うと言われているほどで、お祭りがとても多いのだ。
 バリ州には八つの県がある。昔は八つの国がありそれぞれに王がいたのだ。
 昔は農村が多かったが、今は町が増えてきた。
 バリ島の気候は五月〜十月が乾期、十一月〜四月が雨期だ。しかし雨はあまり多くないそうだ。雨期はフルーツの季節でもある。
 この年はもう雨期に入っている。気温は平均三十三度くらい。デンパサールあたりで最も寒い時は二十六度くらい、山のほうへ行くと十五度になることもある。



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〈プロフィール〉
清水義範(しみず・よしのり)
1947年10月28日名古屋市生まれ。愛知教育大学卒業。81年『昭和御前試合』でデビュー。88年『国語入試問題必勝法』で第9回吉川英治文学新人賞を受賞。奇抜な発想とユーモアを駆使した小説やエッセイを次々と発表。著書多数。
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第七章 インドネシア〈バリ島〉(最終回)
第七章 インドネシア〈ジャワ島〉
第六章 マレーシア(下)
第六章 マレーシア(上)
第五章 カンボジア(下)
第五章 カンボジア(上)
第四章 ベトナム(下)
第四章 ベトナム(上)
第三章 ラオス(下)
第三章 ラオス(上)
第二章 タイ(下)
第二章 タイ(上)
第一章 ミャンマー(下)
第一章 ミャンマー(上)