第三回
新堂冬樹Fuyuki Shindou
オフホワイトの調度品で揃(そろ)えられたリビングのソファで、南野(みなみの)は聖が淹(い)れてくれたコーヒーを流し込んだ。
朝、サイフォンで淹れたコーヒーを自宅で飲むのはいつ以来だろうか?
ここ数年は、コンビニやコーヒーショップのコーヒーをテイクアウトしたものでサンドイッチと一緒に流し込みながら、事務所でメールチェックをするというのがルーティンだった。
くだらないゴシップ、くだらないコメンテーター、くだらない正論……南野は、リモコンを放り投げスマートフォンを手にすると、ネットニュースの芸能欄をタップした。
人気急上昇俳優、工藤達樹(くどうたつき)がオネエに?
新ドラ『ラストオネエ』クランクイン、工藤達樹が語るオネエ論
注目は、工藤達樹の女装姿とオネエ言葉
十作を超える新クールの連ドラの中で、ほとんどのサイトが「ラストオネエ」を取り上げ、工藤達樹のキャスティングについて報じていた。
残酷なほどに、主役の夏川巧(なつかわたくみ)の存在は無視されている。
南野の目論見通りだった。
苦労して工藤達樹をキャスティングして正解だった。
「ゼウスプロ」のゴリ押し物件の夏川巧だけでクランクインしたらと思うと、ぞっとした。
すぐに、虚(むな)しさと怒りが込み上げてきた。
――『ラストオネエ』を、素晴らしいドラマに仕上げることを約束する。クランクアップしたら、また、お前が「港南(こうなん)制作」の船長だ。
脳裏に蘇(よみがえ)る昨晩の藤城(ふじしろ)の声に、いつも以上にコーヒーを苦く感じた。