よみもの・連載

永遠の犬

第三回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 窓の外に、視線を移した。
 敷き詰められた人工芝、ロココ調の白いガーデンテーブル、白いベンチに並ぶプランターの花々……この戸建てを買ったのは、ガーデニング好きの聖が中庭を気に入ったからだ。
 あの頃の南野には、まだ、聖の趣味や希望に寄り添ってあげられる精神的な余裕があった。
 いつの頃から、周囲が見えなくなってしまったのだろうか?
 いや、見えた振りをしていただけだ。
 聖が笑っているのを見て、合わせて笑顔を作る。
 聖が沈んだ顔になっているのを見て、合わせて哀(かな)しげな表情を作る。
 心の底から、笑ったり、泣いたりしたことがあっただろうか?
 冷たくなった母の身体とともに、自分は感情を置き去りにしてきたに違いない。
 聖のことを好きなのは偽りではない。
 ただ、全面的に信頼しているかと言えば、それは別の話だ。
 聖と結婚したのも、人並みに家庭を持てるのか……人並みに誰かを愛せるのかを、自らに証明するためだったのかもしれない。
「久しぶりね、こんなにゆっくりした朝を二人で過ごすの。新婚の頃を、思い出すわね」
 聖が専用のマグカップを手に、南野の隣に腰を下ろした。
「仕事に追われる毎日だったからな」
 南野は、ネットニュースの記事を読むふりをしつつ言った。
 できるなら、藤城の話には触れてほしくなかった。
 
 ――お帰り。いま、藤城君から電話があったわ。心配しないでいいからって、言ってたよ。また、無茶ばかり言って藤城君を困らせたんでしょう?

 夫が「港南制作」から追い出されたという非常事態にも、聖は動転しているどころか嬉(うれ)しそうでさえあった。
 そんな聖の態度に、南野は不快感を覚えた。
 いや、聖が夫より先に藤城から事の経緯(けいい)を聞かされたことを面白くなく思う自分がいた。
 大学時代からの付き合いの藤城は聖にとって、共通の友人というよりも親戚のようなものだった。

 ――今日は疲れたから、悪いけど寝るよ。

 会社のことも藤城とのことも話したくなくて、南野はシャワーも浴びずにベッドに横になったのだ。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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