よみもの・連載

永遠の犬

第三回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「ふざけないで、質問に答えろ。犬は飼わないって、前から言ってるのを忘れたのか?」
 聖は昔から、犬を飼いたがっていた。
 南野も犬は嫌いではなかったが、会社を軌道に乗せることに集中したかったので聖にはそれを告げていた。
 世話は聖がすると言っても、南野も無関係というわけにはいかない。
 生き物を飼うということには、責任が生じるのだ。
「覚えてるわよ。仕事の邪魔になるからでしょう?」
「覚えてるなら、どうして……」
「早とちりしないで。お隣さんから頼まれて預かっただけよ。ねえ、嫌ね〜、パパさんは余裕がなくてピリピリしてばかりでね〜」
 聖が、南野を遮って言うと子犬に話しかけた。
「お隣さんって、あのおじいちゃんか?」
 南野は訊(たず)ねた。
 南野家の隣には、七十を超えた男性が一人住まいをしていた。
 もともとは夫婦で住んでいたのだが、去年、妻を癌(がん)で亡くしていた。
 一人になって気落ちしていた老人を心配した聖が、なにかと気にかけていたのは知っていた。
「そう。昨日から具合が悪くて病院に行くから、申し訳ないけど午後までワンちゃんを預かってほしいって、あなたが起きる前にウチにきたの」
「あのおじいちゃん、犬なんて飼ってたっけ?」
「飼ってたわよ。出産したときに感染症で死んでしまったんだけどね。この子はそのお母さん犬の子犬よ。あなたも抱いてみれば?」
 聖が、子犬を差し出した。
 南野をみつめる円らな黒い瞳に、思わず吸い込まれてしまいそうになる。
「いや、俺はいい」
 正直、いまは犬と遊ぶ気にはなれなかった。
「犬には癒(いや)し効果があるらしいから。こんなときだからこそ、あなたにはワンコパワーが必要なんじゃない?」
 聖が、微笑(ほほえ)みながらふたたび子犬を差し出してきた。
「俺をからかってるのか?」
 聖の楽観的な言動が、南野のいら立ちに拍車をかけた。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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