よみもの・連載

永遠の犬

第三回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「え? そんなわけないじゃない。あなたが大変なときだから……」
「俺は、親友に裏切られ会社を追われたんだぞ? 犬に癒されてとか、よくそんな呑気(のんき)なことが言えるな」
 南野は、聖を遮り行き場のない怒りをぶつけた。
「そんな言いかたしちゃだめよ。藤城君は、あなたを裏切ったわけでも追い出したわけでもないの。スタッフがボイコットしたままドラマの制作ができなくなったら、莫大(ばくだい)な損害賠償金が発生してしまうんでしょう? 藤城君は、とりあえずの応急処置をするしかなかったと言ってたわ。あなたにも、それは説明したと言っていたけど?」
「ああ、俺を追い出すための口実は聞いたさ。藤城は、最初からそのつもりだったんだ。スタッフを手なずけて、俺の言うことを聞かないような空気にする……すっかり、騙(だま)されてしまったよ」
 南野は、吐き捨てた。
「本気じゃないよね? ドラマから外されちゃったから、拗(す)ねてるだけよね? 藤城君の気持ちは、わかってるよね?」
 聖が、微笑みを崩さずに南野の顔を覗(のぞ)き込んできた。
 そうだと思いたかった。
 藤城の言葉を、そのまま受け入れたかった。
 信頼して店を任せていた店長に裏切られ、全財産を奪われ、自暴自棄の酒浸りになった父の姿が、それをさせなかった。
 人は裏切る生き物だ。
 不意に、脳内で声が聞こえた。
「そんなきれいごとは信じられないな。人間なんて、結局は自分の欲を満たすためには平気で人を裏切るものだよ」
 南野は、脳内の声を口にした。
「呆(あき)れた人ね。これまでずっとあなたを支えてきた親友のことも、信じられないって言うの?」
「俺だって信じたいよ。だが、そうさせたのは藤城だ。心血を注いで進めてきた『ラストオネエ』の現場から追われて、いま、こうして家にいるのがなによりの証(あかし)だろう?」
「あなたが大切にしてきた作品だからこそ、藤城君は心を鬼にしたんじゃない! 藤城君は、あなたを裏切るどころか守ってくれたのよ!?」
 聖が懸命に訴えるほどに、南野の心は頑(かたく)なに閉ざされた。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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