よみもの・連載

永遠の犬

第三回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「夫の俺より、藤城の言うことを信用するんだな」
 南野は皮肉を口にした。
 視線を感じた。
 聖の腕の中の子犬が、じっと南野をみつめていた。
 曇り一つない瞳……無条件に人を信じるような瞳。
 急に胸が苦しくなり、南野は子犬から視線を逸らした。
「そういう問題じゃないでしょう!? 私は藤城君の気持ちを……」
「結婚する相手を、間違えたな」
 無意識に口を衝(つ)いて出た言葉に、南野はすぐに後悔した。
「それ……どういう意味よ?」
 瞬時に、聖の顔が強張(こわば)った。
「そのままの意味さ。夫がクーデターにあったというのに、藤城君は藤城君はって……だったら、俺と離婚して藤城と結婚したらどうだ? 奴はいま独身だし、まだ間に合うぞ」
 いけない、いけないとわかっていながらも、醜く残酷な言葉は止まらなかった。
「冗談……よね? ねえ、いまの……冗談だと言って」
 縋(すが)るような瞳で、聖が南野をみつめた。
「君がそうしたいなら、俺はいつでも離婚届に判を押すつもりだ」
「ひどい人ね……どうして、そんなことが言えるの!? 私達は、なんの信頼関係も築けていなかったっていうの?」
 聖が、涙声で訴えた。
 酒の勢いに任せて息子に金を無心する横で人知れず息を引き取った母の姿が、記憶のスクリーンに映し出された。
「別に、君が悪いわけじゃない。血の繋(つな)がりのある親子だって、信頼関係なんて呆気(あっけ)なく崩壊するものだから。いや、もともと信頼関係のない親子だってあたりまえにいると思うし」
 冷めた口調で、南野は言った。
 腹心に裏切られ地獄に落とされた父、父に地獄に落とされた母、天国も地獄も金次第ということを両親から学んだ息子。
 聖は南野の過去を知らないし、話す気もなかった。
 理解できるとも思わないし、理解してほしいとも思わなかった。
 信頼するから、裏切られたときに失望する。
 裏切るのが人間だと割り切っていれば、傷つくこともない。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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