よみもの・連載

永遠の犬

第三回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「どうして、そんなふうに人の悪い面しか見ようとしないの? 育った環境が、あなたを人間不信にさせたのかしらね」
 聖の当て推量の皮肉が、南野の理性を切り刻んだ。
「夫婦なんて、環境の違ったところで生まれ育った他人だから、わからない部分があるほうが当然だと言ってるだけさ。君だって、もしかしたら藤城と浮気してるかもしれないしな」
 頬に衝撃……聖の平手が、南野の頬を弾いた。
「あなたが、こんなに最低な男だとは思わなかったわっ。仕事仕事で家庭を顧みないのはギリギリ我慢できたけど、私が藤城君と……口にするのも悍(おぞ)ましいわ! 真剣に離婚を考えなきゃいけないようねっ。とりあえず、そんなふうに私のことを見ている人と暮らせないわ。私、出て行くから!」
 激しい口調で捲(まく)し立て、子犬をソファに置いたまま聖はリビングを出ていった。
 子犬が戸惑ったように、きょろきょろと首を巡らせていた。
 よたよたとした足取りで、南野のほうに歩み寄ってきた。
「こっちじゃなくて、あっちだよ」
 南野は、子犬にリビングのドアを指差して見せた。
 子犬は、南野の太腿によじ登るとお座りをして顔を見上げてきた。
 なにかを訴えかけてくるような瞳に、ふたたび胸が締めつけられた。
「ほら、早くママのところに行きなさい」
 南野は子犬を抱き上げ、リビングの外に出すとソファに戻った。
 だがすぐに子犬は、フローリングの上をスケートでもしているかのように四肢を滑らせながらソファに駆け寄ってきた。
「おいおい、何度言えばわかるんだ」
 子犬は、後ろ足で立ち上がり必死にソファによじ登ろうとしていたが、身体が半分乗ったところで滑り落ち、またチャレンジしては滑り落ちることを繰り返していた。
「怪我(けが)するぞ。まったく……」
 南野は子犬を抱え、とりあえずソファに座らせた。
「なあ、早く犬を連れて行ってくれよ」
 南野は、別室にいる聖に呼びかけた。
 反応は、なにもなかった。
「聞こえないのか? 犬がいるとなにも……」
 近づく足音に、南野は言葉の続きを吞み込んだ。
「犬、犬言わないで。その子の名前はパステルだから」
 キャリーケースを引いた聖が、リビングに現れ言った。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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