第三回
新堂冬樹Fuyuki Shindou
『いつまでもそんな感じなら、スタッフに受け入れて貰えないぞ? 今回、みんながお前に背を向けたのが、その言動に原因があるってことをいい加減わからないとだめだ。このままだと、「ラストオネエ」が終わってお前に船を戻したくても、戻せなくなってしまう。なあ、南野。わかってくれるよな?』
「ああ、わかってるよ。俺が態度を改めずにスタッフと和解できないと、お前の思うツボだってことをな」
『南野っ、いい加減にしないか!』
藤城の怒声が、スマートフォンのボディを震わせた。
「お前のほうこそ、俺を甘く見るのはそのへんにしておけ! いいか? これはれっきとしたクーデターだ。謀反を起こした裏切り者に、受け入れて貰おうなんて気はないっ。俺のやりかたで、必ず会社は取り戻す! 反逆者は切り捨て、新しい兵を入れればいいだけの話だ。もちろん、クーデターのA級戦犯のお前を真っ先に粛清するから、覚悟して待ってろ!」
南野は一方的に宣戦布告し、電話を切った。
苦々しい思いが、心から漏れ出し血液とともに全身を巡ったような気がした。
すぐにディスプレイに藤城の名前が表示されたが無視した。
南野は四つん這いの姿勢のまま、唇を噛(か)んだ。
三十秒ほどして、ディスプレイの名前が消えた。
間を置かず、ふたたび藤城の名前がディスプレイに浮かんだ。
今度は、十秒ほどで消えた。
藤城にたいしての発言が、後味が悪くないと言えば嘘になる。
だが、南野を複雑な気分にさせているのは、発言が腹立ち紛れでもハッタリでもないという事実だ。
「ラストオネエ」の撮影が終われば、藤城以下スタッフ全員を解雇し、甘えた泣き言を口にせず仕事に徹するプロ集団で「港南制作」を作り直すつもりだった。
微塵(みじん)も罪の意識を感じることはない。
先に裏切ったのは藤城だ。
自分を追い出した裏切り者から、会社を取り戻すだけの話だ。
心の声とは裏腹に、南野の胸に広がる苦々しさは消えなかった。
いつの間にか目の前にきていたパステルがスリッパを床に置き、南野をみつめた。
不意に、慰められているような気分に襲われた。
馬鹿な話だ。
犬が人間を慰めるはずがないし、その前に状況を察することなど不可能だ。
なにより、自分は慰められるようなことはしていない。
「哀しそうな顔するな。悪いけど、お前と遊んでる暇はないんだ」
南野はスリッパを手に取り立ち上がるとリビングに戻った。
ぴったりとあとをついてきたパステルが、ソファに腰を下ろす南野の足元にお座りして見上げた。
相変わらず、哀しそうな瞳をしていた。
「しようがないな。ちょっとだけだぞ」
南野は、スリッパをパステルの前に置いた。
パステルは、南野を見上げたままだった。
「ほら」
今度は、拾ったスリッパを遠くに投げた。
パステルは銅像のように身じろぎひとつせず、南野をみつめていた。
- プロフィール
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新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。