よみもの・連載

永遠の犬

第三回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「なんだよ? スリッパはあっちだ。遊びたいんだろう? って……言っても、わかるわけないか」
 まただ。
 胸の奥を鷲(わし)掴みにされているような息苦しさ……。
 南野はソファに横になり、眼を閉じた。
 昨日から、いろいろなことがありすぎて疲れているのだろう。
 隣家の老人が迎えにくるまで、ひと眠りしよう。
 しばらくすると、脇腹に温かみを感じた。
 眼を開けた。
 パステルがソファによじ登り、南野の腋(わき)の下に顔を埋め寄り添うように寝ていた。
「お前は寂しがり屋だな」
 南野はパステルに回そうとした右腕を思い直し、宙で止めた。
 変に懐かれても困ると思ったのだ。
 南野自身も、子犬の相手をしている余裕はない。
「おじいちゃんが戻ってきたら、たっぷり相手して貰え」
 南野は上体を起こし、パステルを床に下ろすとふたたび仰向けになった。

 ――でも、あなたを愛したことを後悔していないわ。

 不意に、聖の泣き笑いの顔が脳裏に蘇った。

 ――俺と離婚して藤城と結婚したらどうだ? 奴はいま独身だし、まだ間に合うぞ。

 今度は、聖に浴びせた残酷な言葉が鼓膜でリフレインした。
 自己嫌悪が、津波のように押し寄せてきた。
 視線を感じた。
 フローリングにお座りしたパステルが、じっと南野をみつめていた。
 すべてを見通したような汚れなき瞳……慈しみに満ちた瞳を見ていると、心が乱され た。
「そんな眼で見るなっ、あっちに行け!」
 開きそうになる心の扉を強引に閉めるとでもいうように、怒声が口を衝いて出た。
 身体をビクンとさせながらも、パステルは南野から瞳を逸らさなかった。
「勝手にしろ」
 南野は寝返りを打ち、パステルに背を向けた。
 胸の奥の疼(うず)きから逃げるように……。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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