第五回
新堂冬樹Fuyuki Shindou
日曜日の昼下がり――中目黒のイタリアンレストランのオープンテラスで、南野(みなみの)は行き交うカップルや子供連れの家族を、虚(うつ)ろな視線で追っていた。
テーブルには、ビールが半分ほど入ったピルスナーグラスが置かれていた。
店に入って三十分ほどで、既に七杯目だった。
店員達も、正午を過ぎたばかりの時間帯に食事を頼まずにひたすらビールだけを飲む南野を好奇の目で見ていた。
トイプードル、チワワ、見たこともないような毛むくじゃらの大きな犬……場所柄、犬を散歩させている人が多かった。
パステルが横田(よこた)に連れて行かれて二週間が過ぎた。
隣家の老人……斎藤(さいとう)が戻っている気配はないので、まだ入院しているのだろう。
斎藤が一ヵ月経(た)っても退院できず、里親もみつからないときには、南野に連絡が入ることになっている。
斎藤が戻ってくるまで、預かると口にしてしまったのだ。
現実的には、会社を追われ、妻と別れ、他人の犬を預かる心の余裕などなかった。
――大学病院の場合は手術の練習台なので、そうなるでしょうね。ですが、動物病院は輸血用なので命に別状はありません。人間だって、献血で死にはしないでしょう? まあ、でも、死ぬまで血を抜かれる生活になりますがね。
淡々と説明する横田の声が、南野の脳裏に蘇(よみがえ)った。
南野が預からなければ子犬の命が奪われるとなれば、さすがに無視することはできなかった。
パステルのことを思考から追い払おうとするかのように、グラスに残ったビールを一息に呷(あお)った。
まだ、半月もある。
斎藤はきっと、回復して退院できるに違いない。
「犬のことより、自分の心配しろって……」
南野は自嘲気味に呟(つぶや)き、グラスの底でテーブルを叩(たた)いた。
すっかり、酔っぱらいの店員の呼びかただ。
軽く叩いたつもりが力を入れ過ぎ、響き渡る大きな音に周囲の客が驚いた顔を向けた。
南野は苦笑いを浮かべ、その場を取り繕った。