よみもの・連載

永遠の犬

第七回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 黒マスクの男の顔が消え、子犬の顔に変わった。
「パステル……」
 南野は掠(かす)れた声を絞り出し、顔を顰(しか)めつつ上体を起こした。
「だめですよっ、動いたら……」
「いま……何時ですか?」
「四時半を過ぎたところです」
 男性が、腕時計に視線を落として言った。
「四時半!?」
 南野は思わず、大声を張り上げた。
 横田(よこた)のところへは、一時くらいには到着する約束だった。
 横田からは、五時を過ぎたらパステルを大学病院に引き渡すと言われていた。
「正確には四時四十分ですけど、どうかしましたか?」
 男性が、驚いた顔で訊ね返してきた。
「車で……病院に運んでください……」
「えっ……携帯を持ってないんですか?」
「はい……お願いします……」
 嘘(うそ)――スマートフォンは、ヒップポケットに入っていた。
「わかりました。肩に掴(つか)まってください」
 男性は南野の腋(わき)の下に頭を潜(くぐ)らせ、身体を支えながらゆっくりと立ち上がった。
 足を踏み出すたびに、頭痛と吐き気に襲われた。
「おぶりましょうか?」
「いえ……歩けます。ありがとう……ございます。ここは、どこですか?」
 気遣ってくる男性に、南野は訊ねた。
「用賀(ようが)の砧(きぬた)公園です」
「用賀……」
 用賀には以前、ドラマのロケで訪れたことがあった。
 道が空いていても、「キャットハンド」のある六本木までは三十分前後の時間を要する。
「パパ、どうしたの?」
 雑木林を抜けて開けた場所に出ると、小学生と思(おぼ)しき少年が駆け寄ってきた。
「パパは怪我をしているおじさんを病院に連れて行くから、ファミレスでママとご飯を食べて待っていてくれるかな? 病院に着いたら、ママに電話するから」
 男性は、サッカーボールを少年に渡しながら言うと公園の出口に向かった。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

Back number