よみもの・連載

永遠の犬

第七回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

                  ☆

「着きましたよ」
 男性の声に眼を開けた南野は、すぐにスマートフォンのデジタル時計を見た。
 PM 5:55
 車は、六本木交差点の「アマンド」前に停車していた。
「ありがとうございました。きちんとお礼をしたいので、連絡先を教えてください」
「お礼だなんて、人として当然のことをしただけですから。それより、用事を済ませたらすぐに病院に行ってくださいね。これ、どうぞ」
 男性が、携行用のウエットティッシュとマスクを差し出してきた。
「顔が、ひどいことになっていますから。外に出る前に、血を拭ったほうがいいですよ」
「ありがとうございます」
 ウエットティッシュとマスクを受け取った南野は、スマートフォンをインカメラにした。
 ディスプレイに映る自分の顔に、南野は息を呑んだ。
 両目はノックアウトされたボクサーさながらに青黒く腫脹(しゅちょう)し、凝固した鼻血と口からの鮮血が唇の周りにこびりついていた。
 瞼だけではなく、頬も鼻も腫れ上がり出来の悪いジャガイモのような顔になっていた。
 南野は痛みを堪(こら)え、付着した血を手早く拭いマスクをつけた。
「なにからなにまで、すみませんでした」
 南野は礼を言うと、車を降りた。
 立ち眩(くら)みに抗(あらが)いつつ、芋洗坂(いもあらいざか)に足を向けた。
「キャットハンド」の住所を入力した地図アプリで追いながら、南野は歩を進めた。
 擦れ違った女性が、南野の顔を見て驚いたように眼を見開きすぐに視線を逸(そ)らした。
 マスクをしていても、瞼の腫れは隠せない。
 十数メートルほど歩いたところで、目的の雑居ビルに到着した。
 エントランスに入り、エレベーターに乗った。
 三階で降りると、正面のスチールドアに「キャットハンド」のプレートが貼ってあった。
 インターホンを鳴らすと、待ち構えていたようにドアが開いた。
「お待ちして……遅れた理由は、訊(き)かないことにします。お入りください」
 横田は一瞬だけ沈黙したが、無表情に南野を事務所に招き入れた。
 十坪ほどの縦長の空間に、スチールデスクが三脚ずつ向き合っていた。
 依頼の電話を受けているスタッフやパソコンで作業をしているスタッフ……男性三人、女性二人のスタッフは忙(せわ)しなく業務に追われており、南野の変形した顔に気づく者はいなかった。
「社名通り、猫の手も借りたいくらいに忙しいので早く済ませましょう」
 皮肉っぽく言いながら、横田が足早に南野をフロアの奥へと促した。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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