よみもの・連載

永遠の犬

第七回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 事務的で情を感じられない口調だが、説明はこまやかで丁寧だった。
 もしかしたら、印象よりも冷徹な男ではないのかもしれない。
 考えてみれば横田は、大学病院に引き渡す当日にメッセージを入れてきたし、今日、連絡もせず約束の時間を過ぎたのに南野を待っていてくれた。
「いえ、大丈夫です」
 南野は即答した。
 家に戻って落ち着いたら、聖に連絡をしてパステルを引き取りにきて貰うつもりだった。
 そもそものきっかけは聖にあるのだから、彼女にはパステルを育てる義務がある。
「では、ありがとうございました。延長料金のお振り込みのほう、よろしくお願い致します」
 横田が、早く帰れと言わんばかりに慇懃無礼(いんぎんぶれい)なほどに深々と頭を下げた。
 南野はクレートとドッグフードの入った紙袋を手に、応接室を出た。
 来たときと同じ、業務に追われるスタッフは誰一人として南野に気を留める者はいなかった。
 気が張っているせいか、不思議と身体の痛みを感じずに足取りもふらつかなかった。
 南野は「キャットハンド」を出ると、エレベーターのボタンを押した。
「南野さん、ちょっといいですか?」
 到着したエレベーターの扉が開き、乗り込もうとした南野を追いかけてきた横田が呼び止めた。
「なんでしょう?」
「言い忘れたことがあります。パステルちゃんの所有権は南野さんにありますから、引き取ってさえくれればあとはお好きにどうぞみたいなことを言いましたが、一部訂正します。引き取るだけではなく、責任を持って育ててください」
「え……」
 予想外の言葉に、南野は耳を疑った。
「たしかに最初は奥様が斎藤さんからパステルちゃんを預かったことがきっかけですけれど、いまは違います。私からパステルちゃんを引き取ったのは、奥様ではなく南野さんです。たらい回しにして、動物愛護相談センターに持ち込まれるようなことがないようにしてください」
「急に、どうしたんですか? 失礼ですが、横田さんはパステルを物のように……」
「誤解なきように言っておきますが、これは同情心からではありません。パステルちゃんを大学病院に引き渡せば、それなりの金額を手に入れることができました。つまり、利益を得る代わりにあなたの願いを聞いたということです。南野さんがパステルちゃんを物のように扱うのであれば、私が物のように扱って利益を手にしたほうがよかったわけですからね。そういうことなので、よろしくお願いします」
 横田は一方的に告げると、踵(きびす)を返して事務所に戻った。
 クレートの柵扉から黒く濡(ぬ)れた鼻を出し、パステルが南野を見上げていた。
「あの人、どうしたんだろうな?」
 南野が語りかけると、パステルが首を傾(かし)げた。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

Back number