第七回
新堂冬樹Fuyuki Shindou
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ダイニングキッチンのシンクの前に立った南野は、湯を沸かすためにガスコンロに火をつけた。
足元では、パステルがお座りをして構ってほしそうに南野を見上げていた。
「ええっと……子犬の場合は体重の四パーセントが目安か。パステルは十一キロだから、四百四十グラムが一日のドッグフードの給与量ってわけか。それを四回にわけると百十グラムずつ……横田は朝と昼にあげたと言っていたから、残りは二百二十グラムだな」
南野は独り言を呟(つぶや)きながら、タッパーウェアをクッキングスケールに載せた。
まだ、犬用のステンレス製の容器がないのでタッパーウェアを代用していた。
「タッパーが五十グラムだから……」
南野はドッグフードの袋を手に取り、ドライフードをタッパーに移した。
それまでおとなしくしていたパステルが餌の気配を察し、甲高い声で吠え始めた。
クッキングスケールのデジタル表示が270になるまでドライフードを入れ、お湯が沸騰する前にガスコンロの火を止めた。
パステルが後ろ足で立ち上がり、南野の足を前足で引っ掻きながら吠えた。
「お湯がかかると危ないから……」
南野はパステルを抱え、シンクから離れた位置に運んだ。
シンクに戻る南野のあとに、すぐにパステルがついてきた。
「だから、だめだって」
南野は、パステルをクレートに入れた。
閉じ込められた腹癒(はらい)せなのか、パステルは火がついたように吠え出した。
「お前の餌を作ってるんじゃないか。傷に響くから、勘弁してくれよ」
ヤカンのお湯をドライフードに注ぎつつ、南野はうんざりした口調で言った。
「七分から十分、軽く指で摘(つ)まんで潰れるくらいになるまでふやかす……か」
南野はスマートフォンの、「初めて子犬を迎え入れる方へ」のサイトに載っている文章を読みながら呟いた。
結局、南野は病院には行かなかった。
病院どころか、帰宅して傷の消毒をする暇もなくパステルの世話に追われていた。
一人で犬を飼うのは初めてなので、調べなければならないことが山積していた。
父親が連帯保証人になって財産をなくす前、白金(しろかね)の自宅に住んでいた小学生のときに犬を飼っていたので、知っているつもりになっていたが違った。