第七回
新堂冬樹Fuyuki Shindou
「よしよし! 頑張ったな」
南野はパステルを抱きとめ、頭を撫でた。
子犬を褒めるときと叱るときは、行為の直後でなければ意味がないらしい。
パステルのスイッチが入り、飛び跳ねた頭部が頬に当たった。
「うっ……」
南野は頬を押さえ、尻餅をついた。
ひどい打撲を負った箇所にまともに頭突きが入ったので、言語に絶する激痛だった。
頬骨がバラバラになったような気がした。
いや、この腫れ具合から察して罅(ひび)くらい入っていても不思議ではない。
骨折している可能性さえあった。
病院には、明日、行くつもりだった。
それから、早いうちに聖に会ってパステルを渡さなければならない。
涙に滲(にじ)む視界……パステルが鼻を鳴らし、南野を心配そうに見上げていた。
セットしていたアラームが鳴った。
「心配するな……大丈夫だから……」
うわずる声で言いながら、南野は立ち上がった。
ドッグフードは湯を吸って、白っぽくふやけていた。
南野は一粒口に入れ、すぐにシンクに吐き出した。
「ほら、召し上がれ」
南野がタッパーウェアを床に置いた瞬間、パステルがマズルを突っ込み物凄い勢いでドッグフードを食べ始めた。
「こんなまずいもの……よく食えるな」
南野は、呆(あき)れたように呟いた。
パステルが大きく口を開けて噎(む)せた。
「ゆっくり食べないと喉に詰まるぞ」
ふたたびパステルが猛然と食べ始め、一分もかからないうちに完食した。
食べ足りないのか、空になった容器を舐めていた。
「無視か?」
苦笑いしながら、南野はタッパーウェアを取り上げた。
タッパーウェアは洗う必要がないほどに、パステルの舌でピカピカになっていた。
洗剤を取ろうとしたときに、シンクの縁に載せていたドッグフードの袋に肘が当たった。
床に落ちたドッグフードの袋を素早くくわえたパステルがダッシュした。
「あ、だめだぞ……」
追いかけて袋を取り上げようとした南野の手を躱(かわ)し、パステルがテーブルの下に潜り込んだ。