第七回
新堂冬樹Fuyuki Shindou
「こら、返せっ。もう、たっぷり食べただろ」
南野が膝をつくのと入れ代わりに、パステルが後肢を滑らせながらダイニングキッチンを駆け出しリビングへと逃げ込んだ。
「待てって!」
南野は四つん這(ば)いでテーブルを潜(くぐ)り抜け、パステルを追った。
パステルは遊んで貰っていると勘違いし、耳を後ろに倒し嬉々(きき)としてリビング中を逃げ回った。
ソファに飛び乗り、飛び下り、南野に向かって突進してきた。
「そうだそうだ、こっちにおいで!」
南野は中腰になり、両手を広げた。
抱きとめようとした瞬間……パステルが南野の股の下を潜り抜けてリビングを飛び出した。
「おいおい、もう、勘弁してくれ……」
南野は、スピードスケートのように廊下で四肢を滑らせて逃げるパステルを追った。
ドッグフードの袋の口が開き、ドライフードが廊下に撒(ま)き散らされた。
廊下の突き当たり――半開きになっている寝室のドアを見て、南野は舌打ちした。
「寝室はだめだ!」
南野の命令も虚(むな)しく、パステルは呆気(あっけ)なく寝室に突入した。
ドッグフードの袋を離したパステルはベッドに飛び乗り、枕を噛むと激しく頭を左右に振った。
「それはやめてくれっ」
南野が叫ぶのと同時に、宙に羽毛が舞った。
「ああっ……その枕は高いんだぞ!」
パステルが宙に漂う羽毛を噛もうと、二度、三度とジャンプした。
「もう、やめろって……」
ようやく願いが通じたのか、パステルが動きを止めた。
「よかった……おいっ、なにをやっているんだ!?」
パステルが腰を屈め、放尿を始めた。
「おいおいおい!」
南野は血相を変えてベッドに飛び乗った。
羽毛だらけの掛布団に、大きなシミが広がっていた。
鼻孔の粘膜を刺激するアンモニア臭に、心が折れそうになった。
「パステル!」
南野が叫ぶのを合図にしたように、パステルがベッドから飛び下り寝室を出た。
「もう、十分だろ!」
南野はパステルのあとを追った。