よみもの・連載

永遠の犬

第七回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 パステルは廊下に散らばったドッグフードを蹴散らしつつ、すばしっこい動きで逃走を続けた。
 完全にヒートアップしたパステルがリビングに入ったら、さらに被害は広がってしまう。
「そこまでだ!」
 南野は勢いをつけて、野球のヘッドスライディングの要領で頭から廊下に突っ込んだ。
 滑りつつ、南野はパステルの胴体を捕まえた。
「観念しろ!」
 南野は立ち上がると、ダイニングキッチンに移動しクレートにパステルを入れた。
 すぐに、パステルが前脚で柵扉を引っ掻きつつ激しく吠え始めた。
「部屋をめちゃめちゃにした罰だ。しばらくおとなしくしていろ」
 南野は低い声で言い残し、寝室に戻った。
 パステルの声量が増したが、無視した。
 両肘が、燃えるように熱かった。
 廊下に滑り込んだときの摩擦熱で皮膚が捲(めく)れ、血が滲んでいた。
 いまは、パステルが粗相したベッドの掃除が先決だ。
 尿に塗(まみ)れた掛布団とそこここに散らばる羽毛に、南野はため息を吐いた。
 パステルを連れてきて僅(わず)か一時間たらずで、台風が通り過ぎたような有様だ。
 惨劇が明日も繰り返されると思っただけで、ぞっとした。
 新しい引き取り手が現れるまでの辛抱だと、甘く考え過ぎていた。
 一、二週間あれば、なんとかなるだろうと高を括(くく)っていた。
 この調子では、一、二週間どころか二、三日も耐えられないだろう。
 いまもパステルは、狂ったように吠え続けている。
 クレートから出せば吠えやむのはわかっていたが、さっきみたいに部屋中を荒らされてしまう。
「風呂場で水洗いをして、クリーニングに出すしかないな」
 独り言(ご)ちた南野が掛布団を丸めて抱えあげたときに、ヒップポケットが振動した。
 南野は掛布団をベッドに戻し、振動するスマートフォンを引き抜いた。
 ディスプレイに表示される名前に、南野の鼓動が高鳴った。
「ちょうど俺も、かけようと思っていたところだ」
 スマートフォンを耳に当てるなり、南野は言った。
『思ったより、元気そうな声ね。家を飛び出したのは私だけど、なんだか複雑だわ』
 受話口から、聖の乾いた笑い声が流れてきた。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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