よみもの・連載

永遠の犬

第七回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

『夫婦なら、二人が育てることに変わりないでしょう?』
「は? なにを言っているんだ!? 離婚するって、言ったばかりだろう!?」
『そのつもりだけど、あなたと離れて、異国の地で一年くらい考えてみようと思ったの。一年経って、あなたと縒(よ)りを戻したくなるかもしれないし、ならないかもしれないし。私が縒りを戻したくなっても、あなたが戻したくないかもしれないし、戻したくなるかもしれないし。どっちにしても、冷却期間を置いてお互いに見つめ直すべきじゃないかな? 縁があれば私達は夫婦のままだし、パステルは二人で育てることになるのよ。だから、一年は離婚届を出さないことにしたわ』
 聖が、淡々とした口調で言った。
「勝手な女だな。全部、自分の都合……」
『藤城君との浮気を疑われたんだから、勝手にもなるわ。でも、正直、私はまだあなたのことが好き。好きだけど、到底、許せない。だから、冷却期間は必要なの。好きな気持ちと許せない気持ちの、どっちが強いかをたしかめる時間がね』
「俺はもう、君とやり直すつもりは……」
『答えは、お互いに一年後に出しましょう。じゃあ、悪いけど、パステルを頼むわね』
「おいっ、聖っ……」
 一方的に電話を切られた。
 南野はすぐに着信履歴の電話番号をタップしたが、聖のスマートフォンの電源は切られていた。
 突然、寝室にパステルが飛び込んできた。
「お前……どうやってクレートから出たんだ!?」
 聖のドレッサーに突進したパステルを背後から捕まえた南野は、中腰のまま鏡をみつめた。
「えっ……」
 青黒く内出血し腫れ上がった己の顔に、南野は二の句が継げなかった。
 パステルに掻(か)き回されているうちに南野は、信じられないことに大怪我を負っていたことをすっかり忘れていた。
 そんな自分に、南野は驚きを隠せなかった。
 忘れていたのは、怪我のことだけではない。
 藤城や別所への復讐心(ふくしゅうしん)も……。
 南野は視線を下げた。
 鏡の中――南野に抱えられたパステルが笑っていた。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

Back number