第八回
新堂冬樹Fuyuki Shindou
赤、青、黒、白、黄、緑、金、紫、ピンク……色とりどりの首輪が、フックにかけられていた。
革、合成皮革、布と材質も様々だった。
「凄(すご)いな。最近は、こんなにたくさんの種類があるんだな」
南野(みなみの)は、床に置いたクレートの中のパステルに話しかけた。
昨日、二度目のワクチン接種を済ませていたのでパステルは散歩ができるようになっていた。
南野は、自宅から車で十分ほどのペットショップにきていた。
別所(べっしょ)の手先と思しき暴漢に殴られた傷はかなり癒えたが、顔の痣(あざ)が濃くなったのでキャップとサングラスをつけていた。
ペットショップは有名チェーン店で、店舗面積も広く品揃(しなぞろ)えも豊富だった。
パステルは柵扉から鼻を出し恨めしそうにしていたが、クレートに慣れるように躾(しつけ)をしたので騒ぐことはなくなった。
クレートに入れるたびにあんなに吠(ほ)えられたら、里親希望者が連れて帰ろうとしたときに心変わりしてしまう恐れがある。
パステルを引き取ってきた翌日にSNSで里親募集をしたら、人気犬種のゴールデンレトリーバーの三ヵ月の子犬なので、昨日までに三十件を超える問い合わせがあった。
現時点でパステルとの面会希望者は十五人いたが、南野のほうで一人暮らしと六十歳以上はリストから外していた。
自宅兼職場の自営業者は例外だが、通常の一人暮らしは勤務している間、子犬は留守番することになる。
子犬の育て方についていろいろとSNSで調べたところ、留守番に何時間という決まりはないが、できるならば五時間を超えないほうがいいと書いてあった。
自宅で仕事をしていても六十歳以上の里親希望者をNGとしたのは、病や体力の衰えで満足に犬の世話ができなくなる可能性があるからだ。
誰かに譲り渡すにしても、パステルには幸せな犬生を送ってほしかった。
一度引き受けた以上は、きちんとした里親をみつけてあげるのが最低限の使命だと南野は自らに言い聞かせていた。
そう思うようになったのは、それだけ情が移ったという証だ。
だからといって、パステルを飼う気持ちにはなれなかった。
- プロフィール
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新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。