よみもの・連載

永遠の犬

第八回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 一年前の南野なら、パステルを飼うという選択をしたかもしれない。
 世話をする妻もいたし、「港南(こうなん)制作」の経営も順調だった。
 だが、いまは状況が違う。
 新しい制作会社を立ち上げ、軌道に乗せなければならない。
 自分を裏切った藤城(ふじしろ)や「港南制作」のスタッフに目に物を見せてやるためには、「日東(にっとう)テレビ」とドラマ制作の委託契約を結ぶことが必須だった。

 ――『刑事一直線』の続編の制作を近江明人(おうみあきひと)が受けてくれるかもしれないなら、一ヵ月くらい騙(だま)されてみてもいいよ。

 篠宮(しのみや)の言葉が、脳裏に蘇(よみがえ)った。
 九月中に、是が非でも近江明人を口説き落とす必要があった。
 いまの南野に、やんちゃ盛りの子犬の世話にかかりきりになっている時間はないのだ。
「首輪をお探しですか?」
 二十代半ばと思しき女性スタッフが、声をかけてきた。
 黒目がちな瞳と白い肌が印象的な、人のよさそうな女性だった。
「はい。子犬を本格的に飼うのは初めてなので、どれを選んでいいのかわからなくて」
「ゴールデンレトリーバーちゃんですね? こんにちは。お名前はなんて言うのかな?」
 女性スタッフが屈(かが)み、柵扉越しにパステルに語りかけた。
「パステルと言います」
 南野は言った。
「首のサイズを測りたいので、外に出してもいいですか?」
 伺いを立てる女性スタッフに、南野は頷(うなず)いた。
「パステルちゃん、素敵な名前ね。お外に出ましょうね」
 女性スタッフは、柵扉を開けるとパステルを抱き上げた。
 すかさずパステルが、彼女の顔をペロペロと舐(な)めた。
「パステルちゃん、何ヵ月ですか?」
 エプロンのポケットから取り出したメジャーでパステルの首回りを測りながら、女性スタッフが訊(たず)ねてきた。
「三ヵ月です」
「おとなしく測らせてくれて、いい子だったね〜。パステルちゃんは、Sで大丈夫です。子犬は成長が早いので、一ヵ月くらい経(た)てばサイズを上げなければなりませんけどね。パステルちゃんってお名前から、こういう明るい感じのものはどうですか?」
 女性スタッフが、スカイブルーの首輪を手に取って掲げた。
「いいですね。それにします」
 美しく爽やかな色合いの首輪を、南野は一目で気に入った。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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