よみもの・連載

永遠の犬

第八回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「お客様、パピーの頃のお散歩はハーネスをお勧めします」
「ハーネス?」
 聞きなれない言葉を、南野は繰り返した。
「はい、こちらです。前足を通して胸部を包むようになっているので、身体(からだ)に負担がかかりません。首輪だと、リードを引いたときに首の筋や気管支を痛める場合があります。ドッグトレーナーさんの中には、首輪のほうがリードから伝わる刺激が強いので躾をしやすいという意見の方もいますが、私はハーネスでも問題ないと思います」
「わかりました。首輪はいらないのですね?」
「いいえ。ハーネスはお散歩のときだけですが、首輪は日常につけるものですから」
「じゃあ、首輪と同じような色をお願いします。それから、紐(ひも)もお願いします」
「かしこまりました。リードですね ? 材質は首輪と同じ革にしますか?」
「お願いします。ほかに、餌や水の器はどこにありますか?」
 南野は訊ねた。
 里親に譲渡するにしても、備えは必要だ。
「いま、ご案内します。パステルちゃんをお返ししますね」
 女性スタッフからパステルを受け取った南野は、クレートに戻した。
 柵扉を閉めようとしたそのとき、パステルが体当りするように飛び出した。
「あっ……」
 南野の脇を擦り抜けたパステルが、通路をダッシュした。
 カーペットが敷き詰めてあるので四肢が滑らずに、パステルはいつも以上に速かった。
「待てっ、パステル!」
 南野はパステルのあとを追った。
 パステルが右の陳列棚にぶつかり、ドライシャンプーと消臭スプレーのボトルが通路にバラ撒(ま)かれた。
「おいおい!」
 今度は左の陳列棚にぶつかり、崩れ落ちたペーストフードの缶詰が通路を埋め尽くした。
「すみません、あとで片づけます!」
 南野は接客をしていた男性スタッフに擦れ違いざまに謝り、パステルを追った。
 パステルはジャンプし、吊(つ)るされているカエルのぬいぐるみを強奪・・した。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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