よみもの・連載

永遠の犬

第八回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「こらっ、売り物を取っちゃだめだ!」
 ぬいぐるみをくわえたまま、パステルが通路を左に曲がった。
 広大な店舗を、パステルはドッグランのように楽しげに駆け回った。
 正面に、柴犬(しばいぬ)の成犬を連れた女性が犬の洋服を選んでいた。
 パステルを認めた柴犬が、激しく吠え立てた。
 お構いなしにパステルは、尻尾(しっぽ)を振りながら柴犬に突進した。
 柴犬の吠え声がヒートアップした。
「柴田(しばた)ちゃん、だめよ!」
 飼い主に一喝された柴犬が、ピタリと吠えやんだ。
 パステルはカエルをくわえたまま後ろ足で立ち、柴犬の顔に肉球パンチを浴びせた。
 南野の頭から血の気が引いた。
 パステルはじゃれているつもりでも、柴犬に通じずに咬(か)みつかれたら大変なことになる。
 南野は速力を上げた。パステルまで、十メートルを切った。
「やめるんだ、パステル!」
 南野が危惧した通り、柴犬がパステルに牙を剥(む)いた。
「柴田ちゃん! 何度言ったらわかるの!」
 飼い主が叱責しても、柴犬は鼻梁(びりょう)に皺(しわ)を刻み唸(うな)り続けていた。 
 相変わらず能天気なパステルは、遊んで貰(もら)っていると勘違いして柴犬にじゃれついていた。
「だめだって、言っているだろ! すみません、ウチの子が悪いんです」
 南野は、後ろ足立ちでカンガルーのように跳ねながら柴犬に肉球パンチを放つパステルを背後から抱き上げ、飼い主の女性に詫(わ)びた。
「いいんですよ。パピーの頃は、このくらいやんちゃなほうがかわいらしくて健全です」
 南野より十歳くらい上と思しき飼い主が、パステルの頭を撫(な)でつつ口元を綻ばせた。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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