よみもの・連載

永遠の犬

第八回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「本当に、すみませんでした」
「ゴールデンレトリーバーですよね? お名前はなんですか?」
「はい。パステルと言います」
「パステルちゃん。よかったわね〜、優しいパパで」
 女性のなにげない言葉が、南野の胸に刺さった。
「いつまでも元気で長生きして、パパのそばにいてあげてね。あなたになにかあったら、パパが寂しくなっちゃうからね」
 女性が、パステルの頭を撫でながら言った。
 彼女の言葉達は鋭い鉤爪(かぎつめ)のように、南野の心を抉(えぐ)った。
 柴犬が女性を見上げ、甘えた声で吠えた。
「嫌ね〜、柴田ちゃん、ヤキモチを妬(や)いているの? あなたが一番に決まっているでしょう?」
 女性が屈み、柴犬の顔をもみくちゃにした。
「あの、柴田ちゃんというのはお名前ですか?」
 南野は、気になっていたことを口にした。
「そうです。かわいいでしょ?」
 女性がふくよかな丸顔を綻ばせた。
「大丈夫ですか?」
 さっきの女性スタッフが、クレートを手に駆け寄ってきた。
「すみません、いろいろとご迷惑をかけてしまって。落とした商品は弁償しますから」
 南野はクレートにパステルを戻し、財布を取り出した。
「あ、弁償なんてとんでもありません。床に落ちただけで、傷ついていませんから」
 女性が笑顔で言った。
「じゃあ、涎(よだれ)でべとべとなので、せめてこれだけでも買います」
 南野は、カエルのぬいぐるみを掲げた。
「本当に、気になさらないでください。こういうことは、日常茶飯事ですし」
「でも、買わせてください。パステルも気に入ったようですから」
「そういうことでしたら。では、レジでお預かりしていますので、お会計のときにスタッフにその旨お伝えください」
 女性スタッフが微笑みを残し、踵(きびす)を返した。
 南野はため息を吐(つ)き、スマートフォンのデジタル時計を見た。
 午前十一時半を回っていた。
「お前のせいで、時間を喰(く)ってしまったじゃないか」
 柵扉越しにパステルが、尻尾を振りながら大きく舌を出して南野をみつめた。
 その顔は、笑っているようだった。
「まったくわかってないな。お前、こんなんじゃ貰い手がみつからないぞ」
 南野はふたたびため息を吐き、クレートを手にした。
 十三時から、一組目の里親希望者がやってくる。
 今日は、パステルとの面会希望者の予約が二組入っていた。
「とりあえず、必要最低限の物だけ買って帰ろう」
 南野は、足早にサークルとケージの売り場に向かった。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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