第八回
新堂冬樹Fuyuki Shindou
☆
「かわいい!」
「マジにかわいいな!」
南野の自宅のリビング――サークルの前に屈んだ中山和樹(なかやまかずき)と真理(まり)夫婦が、パステルを見て甲高い声を上げた。
一組目の里親希望者は、二十七歳の夫と二十四歳の妻だった。
「名前は、なんて言うんですか?」
サークル越しにパステルを抱き上げた真理が、南野を振り返り訊ねてきた。
「パステルです」
「パステルちゃん、いいお名前ね〜」
真理が言いながら、パステルに語りかけた。
人懐っこいはずのパステルの尻尾が、ピクリともしないのが気になった。
パステルは真理に抱かれながら、南野のほうばかり見ていた。
いまは緊張しているのだろう。
中山家に引き取られて環境に慣れれば、パステルも新しい飼い主に懐くに違いない。
南野は、自らに言い聞かせた。
「この子犬が、本当に三万円でいいんですか?」
和樹が陽に焼けた顔で振り返り、声を弾ませ訊ねてきた。
「はい、それ以上は頂きません」
南野は言った。
六種ワクチンや狂犬病の予防接種やトリミング代など、もろもろの実費を計算すると三万円を超えていたが端数は切り捨てていた。
「ラッキー! おい、真理。このワンコ、三万円だって!」
和樹が、真理が抱くパステルを指差して言った。
「ゴールデンレトリーバーなのに、そんなに安いの!?」
「だから、言っただろ? これがペットショップだったら、二十万とか三十万とかするんだからさ」
和樹が、得意げに言った。
「信じられない! すみません。パステルちゃんは、血統書付きですか? 雑種だから安いとかじゃないですよね?」
真理が南野に訊ねてきた。
「ええ。血統証明書もありますし、純粋なゴールデンレトリーバーです」
南野は、不快感を顔に出さないように笑顔で答えた。