よみもの・連載

永遠の犬

第八回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 妻は専業主婦で、年も若く、住宅環境はペット可能なマンション……中山夫妻は、十分に里親としての資格を満たしていた。
 言動が不愉快でも、目を瞑(つむ)るべきだ。
 引き取ってくれるだけでもありがたい話だ。
「じゃあ、どうしてこんなに安く譲ってくれるんですか?」
 真理が質問を重ねた。
「もともとは、お隣に住んでいた方がこの子の飼い主だったのですが亡くなられて……それで、貰い手が見つかるまで一時的に預かることにしたんです。利益目的でやっているわけではないので、実費しか頂いていません」
「なるほど! そういう理由だったんだ。利益目的でないのなら、もう少しディスカウントできませんか?」
 真理が、こすっからい顔つきで言った。
「すみません。ボランティアではないので」
 穏やかな口調で、南野は断った。
 相変わらず、パステルの黒く円(つぶ)らな瞳が南野をみつめていた。
 不意に、胸のあたりに疼痛(とうつう)が走った――南野は、込み上げる罪悪感を打ち消した。
「そこをなんとか、二、三千円でもいいので……」
「おいおい、真理、欲をかくなよ。三万円だって、市場価格の十分の一くらいだぞ? 車で言えば、パステルは型落ちの中古車じゃなくて新車だからな」
 和樹が真理を窘(たしな)めた。
 南野は、胸奥で蠢(うごめ)く不快感から意識を逸(そ)らした。
 ここで余計な口出しをして、中山夫妻の機嫌を損ねたくなかった。
「わかった。我慢するわ。来週の旅行のために、少しでも節約しようと思ったのに」
 真理が、唇を尖(とが)らせた。
「どちらかに行かれるんですか?」 
 南野は訊ねた。
「一週間くらい、ハワイへ。ハワイは私達の新婚旅行の思い出の地なんです。ね?」
 真理が、笑顔を和樹に向けた。
「うん。毎年、結婚記念日にハワイに行くんですよ」
 和樹が、真理に頷きながら南野に言った。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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