よみもの・連載

永遠の犬

第八回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「海外には、よく行かれるんですか?」
 南野の胸に、微(かす)かに危惧の念が広がった。
「年に二、三回はします。じつは僕、サーファーなんですよ。ハワイ以外にも、プーケット、カリフォルニア、ゴールドコースト……波があるなら、どこへでも」
 和樹が、無邪気に顔を綻ばせた。                                          
「和樹が波に乗っている姿を見ると、惚(ほ)れ直しちゃいます」
 真理が、うっとりした表情で和樹をみつめた。
「お伺いしたいことがありますので、こちらへどうぞ」
 南野はパステルを受け取りサークルに戻すと、二人を三人掛けのソファに促した。
「お話の続きですが、お二人が来週からハワイに行かれている一週間は、パステルはどうなさるおつもりですか?」
 南野はテーブルを挟んだ一人掛けのソファに腰を下ろすなり、二人に質問した。
「友達のところにでも預けますよ」
 和樹があっけらかんとした口調で即答した。
「子犬が新しい環境に馴染(なじ)むのには最低、一週間はかかります。ようやく、慣れ始めた頃に別のところに預けるというのはお勧めできません」
 南野が口にしたのは、子犬の飼育サイトで得た知識だった。
 いくつかのサイトの記述を読んだが、一週間というのはあくまで目安であり、子犬の性格によって環境に慣れるまでに一ヵ月近くかかる場合もあるという。
 ストレスで下痢や食欲不振になることも珍しくないらしい。
「じゃあ、ペットショップにします。犬猫を扱うプロだから安心ですよね?」
「そういう問題じゃありませんよ。パステルにとっては、中山さん達以外は知らないところですから。どうでしょう? 今年の旅行は、パステルがもう少し大きくなるまで延ばすことはできませんか?」
 南野は、微かな希望を胸に訊ねた。
「えー、それは無理です。だって、延ばしたら結婚記念日じゃなくなっちゃいますから」
 真理が、横から口を挟んだ。
「たしかに、それは言えるな。南野さん、旅行の延期はそういうわけで申し訳ないのですが……」
「申し訳ありませんが、今回の譲渡のお話はなかったことにさせてください」
 和樹を遮り、南野は言った。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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