第八回
新堂冬樹Fuyuki Shindou
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「過去に、二頭のゴールデンレトリーバーを飼っていました。二頭とも老衰でしたが、腕の中で逝(い)かせてあげたことがせめてもの救いです」
一時間前まで中山夫妻が座っていたソファで、三村(みむら)が柔和に眼を細めた。
七三分けにしたロマンスグレイ、ネイビーブルーの長袖ポロシャツ、グレイのデニム……物腰も出(い)で立ちも、三村からは品の良さが窺(うかが)えた。
「ワンちゃんが亡くなったのは、五年前なんですね」
南野は、備考欄に視線を落としつつ言った。
里親希望者には、氏名、年齢、住所、家族構成、職種、住居形態、犬を飼った経験の有無を記入する申込書を書いて貰っていた。
三村健司(けんじ)、五十五歳、東京都中野区、妻と長女と三人暮らし、歯科医、一軒家所有……プロフィールに偽りがなければ、三村は里親の資格を十分に満たしていた。
「二年の間に二頭を立て続けに亡くしたので、もう二度と犬は飼わないと決めていました。でも、この子達の純粋さと無償の愛を一度知ったら忘れられないんですよね」
三村が目尻に深い皺を刻み、パステルに視線を移した。
南野は、ふたたび申込書に視線を落とした。
犬を飼う経験、愛情、飼育環境、収入面……すべてにおいて、問題はなさそうだった。
無意識に、アラを探している自分がいた。
なにをやっている? パステルにとっても、三村は理想的な里親だ。
彼のような好条件の揃った里親希望者は、このあと現れないかもしれない。
「因(ちな)みに三村さんは、いつからパステルを受け入れることができますか?」
気が変わらないうちに、南野は話を進めた。
「私で、大丈夫ですか?」
三村が質問を返した。
里親希望者はまだ十三組残っていたが、申込書を見るかぎり三村が最も条件を満たしていた。
条件面だけで人間性に問題があるならば話は別だが、目の前にした三村は好印象だった。
「パステルをご自宅にお届けしたときに、申込書に記入されたことと相違がなければという条件付きですが、現時点では問題ありません」
「ありがたいですね。私のほうは、明日でも大丈夫です。ケージもトイレトレーも、先代達の使っていたものがすべて残っていますから。パステルちゃんに、挨拶してもいいですか?」
「もちろん、どうぞ」
南野は腰を上げ、三村をサークルに促した。