第八回
新堂冬樹Fuyuki Shindou
「お前は、少しは反省しなさい。着替えを用意しますから、服を脱いでいて貰えますか?」
南野はパステルをサークルに戻し、三村に言った。
ポロシャツの左袖が、ぐっしょりと濡(ぬ)れていた。
「お気遣いなく。すぐに乾きますから」
「いいえ、そういうわけにはいきません。申し訳ないのですが、今日は私の服を着てお帰りください。クリーニングに出して、後日、お持ちします」
「そうですか。でも、本当にいいんですか?」
三村が訊ねてきた。
「はい、パステルが粗相をした……」
「いいえ、そのことではなく、パステルちゃんを手放すことです」
三村が、南野を遮り言った。
「え……ああ、もちろんです。三村さんは犬への愛情も深いですし、飼育経験も豊富です。パステルにとって、文句のつけようのない里親さんです」
お世辞ではなく、本音だった。
「たしかに私は大の犬好きですし、犬にたいしての知識も人並み以上にあります。パステルちゃんを愛情深く育てることもお約束します。ですが、肝心のパステルちゃんはどうでしょう?」
「それは、どういう意味ですか?」
南野は訝(いぶか)しげに訊ね返した。
三村が、無言でパステルのほうを向いた。
南野は、三村の視線を追った。
お座りをしたパステルが、ぶんぶんと尻尾を振りながらサークル越しに南野をみつめていた。
「感じませんか? パステルちゃんの愛を。私のときとは違って、全力で大好きを表現しています」
「いえいえ、餌を上げている人になら誰でも懐きますよ。私は、パステルのためにたいしたことはなにもしていませんから」
謙遜ではなかった。
パステルを見捨てようとしたことは、一度や二度ではない。
一歩間違えばパステルは、動物病院の輸血用や獣医学部の練習台として命を落とすところだった。
南野がパステルにしようとしたことは、愛されるどころか恨まれるようなことばかりだ。