よみもの・連載

永遠の犬

第八回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「もし本当にそう思っているなら、あなたは犬のこと……いいや、パステルちゃんのことをなにもわかっていない」
「え?」
「彼の中ではもう、決まっているんです。あなたが、永遠のパートナーだと」
 三村が、温かな笑みを湛(たた)えて言った。
「犬と人間の絆(きずな)の歴史は、遡ることおよそ一万五千年前の一頭の好奇心旺盛なオオカミが野宿する人間の集落に近づき、残飯を食べることから始まったという説があります。残飯を食べることで狩りをする必要がないと学習したオオカミは、そのまま人間の集落に住み着いたそうです。人間からしてもオオカミの優れた嗅覚と聴覚はほかの野生動物の襲来を一早く察知し報(しら)せてくれ、また、捕食動物の本能を発揮して人間の狩猟に協力してくれました。こうして始まった人間とオオカミの共存共栄が、いまの人間と犬の絆に繋(つな)がっているんです」
「感動的なお話ですね。でも、そのお話とパステルが私のことを永遠のパートナーだと思っているということが、なにか関係あるのですか?」
 南野は率直な疑問を口にした。
「古来から続く人間と犬の絆の深さを説明したかったんですよ。犬が人間を愛するのに、特別な理由はありません。一度でも愛を注いでくれた相手なら、聖者でも犯罪者でも同じように愛します。南野さんは、パステルちゃんのためにたいしたことはしていないと言いましたが、本当にそうでしょうか?」
 三村が、微笑みを湛えたまま訊ねてきた。
「パステルを引き取ってから一週間ちょっとで、散歩もまだです。世話といっても、餌をやったりトイレシートの交換くらいしかしていません」
 南野は記憶を辿(たど)りながら言った。
「南野さんは、パステルちゃんをかわいいと思った瞬間はありませんか?」
 不意に、三村が訊ねてきた。
「それは、ありますけど……」
 南野は、戸惑いつつも本心を口にした。
「その瞬間の注がれた眼差(まなざ)し……パステルちゃんが南野さんを永遠のパートナーと思うに十分な理由ですよ」
「そんな単純なものですかね?」
「ええ、呆(あき)れるほどに単純です。単純だからこそ、純粋に人間を信じ、愛せるのだと思います。人間みたいに複雑じゃないぶん、裏切ったりしませんしね」
 三村の言葉が、胸に刺さった。
 脳裏に過(よぎ)る藤城の顔を、南野は慌てて打ち消した。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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