第八回
新堂冬樹Fuyuki Shindou
「まあ、どちらにしても私には犬を飼う余裕がないので、パステルのパートナーは三村さんにお任せします」
「後悔しませんか?」
三村の顔から、それまで湛えられていた微笑みが消えた。
「三村さんみたいな犬好きで理解のある方が育ててくれるのに、後悔なんてしませんよ」
南野は入れ替わるように、満面に笑みを湛えた。
「わかりました。喜んで、パステルちゃんのパートナーになりますよ。でも、明日までにもし気が変わったなら遠慮なしに言ってくださいね」
「いえ、その可能性はありませんので……」
「私にはパステルちゃん以外にもパートナー候補はいますけど、パステルちゃんには南野さんしかいませんから」
南野を遮り、三村が言った。
「たとえそうだとしても、私が飼うことはないのでパステルをよろしくお願いします」
南野は、脳内で囁(ささや)く声を打ち消すように三村に頭を下げた。
「パステル、じゃあ、おじさんの家にくるかい?」
三村が語りかけると、パステルが腰を丸め排便を始めた。
くるくる回りながら、そこここに糞(ふん)を落とした。
排便が終わるとパステルはサークル内を猛然と駆け出し、狙ったように糞を踏みつけた。
「パステル、おとなしくしなさいっ」
南野の声に、パステルが足を止めた。
「待ってろよ。いま、足を拭いて……あ、パステル!」
パステルが踏み潰した糞の上に仰向けになり、左右に転がり背中を擦りつけていた。
「ちょ……やめなさい! なにをやってるんだ!」
南野がサークルを跨(また)ぐと、パステルは待ってましたとばかりに跳ね起き、耳を後ろに倒して逃げ回り始めた。
三村に嫌われてしまうから、いい子にしてくれ……。
心でパステルに念を送りながら、南野はパステルのあとを追った。
里親希望者にたいしての見栄えのために、サークルを広くしたことを後悔した。