よみもの・連載

永遠の犬

第九回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 カエルのぬいぐるみが、右に飛んだ。
 すかさずパステルが追いかけ、転がったカエルのぬいぐるみを咥(くわ)えると激しく頭を左右に振り、今度は左に投げた。
 素早く追いかけ、カエルのぬいぐるみを咥えて右に放り投げるパステル。
 リビングのソファに座る南野(みなみの)に見せつけるように、パステルは同じ遊びを十分以上続けている。
 南野はテーブルの上のスマートフォンのディスプレイに視線を落とした。
 AM9:45
 あと十五分もすれば、三村(みむら)がパステルを迎えにくる。
 胸が疼(うず)いた。
 南野は、パステルから眼を逸(そ)らしコーヒーの入ったマグカップを傾けた。
「キャットハンド」の横田(よこた)からパステルを引き取りおよそ一週間で、すっかりパステルに情が移ってしまっていた。
 いまのタイミングで、三村のような飼育経験の豊富な里親候補が現れてくれたのが救いだ。
 パステルと過ごす月日を重ねるほどに、別れがつらくなる。
 いまなら、パステルがいなくなった心の空白は時が埋めてくれるだろう。
 足もとにカエルのぬいぐるみが落ちた。
 パステルが前足を踏ん張り尻を高く上げる伸びの姿勢で、大きく舌を出して南野を見ていた。
 南野を遊びに誘っているのだ。
「悪いけど、疲れているんだ。お前の尻拭いに、昨日は遅くまで大変だったんだからな」
 三村の前で嫌味のように暴れ回ったパステルは羽毛布団を噛(か)み裂き、糞便(ふんべん)を撒(ま)き散らし、自らも糞塗(くそまみ)れになった。
 パステルを洗い、羽毛や糞便を掃除し、部屋中にこびりついた臭いを消すのに明け方までかかってしまった。
 尤(もっと)も、パステルの相手をしないのは疲れているのが理由ではなかった。
 パステルとの思い出を、増やしたくはなかった。
 思い出が増えるほどに、別れがつらくなる。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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