よみもの・連載

永遠の犬

第十回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 空が夕闇に包まれ始めた。
 三村(みむら)の車からパステルが脱走したと連絡が入ってから、二時間以上が経(た)っていた。
 自宅周辺を探し尽くした南野(みなみの)は、渋谷駅のほうまで足を延ばしていた。
 何度か三村とは連絡を取り合ったが、彼もパステルを発見できていなかった。
 十五分ほど前に管轄の東京都動物愛護相談センターを調べて電話をかけたが、ゴールデンレトリーバーの子犬は保護されていなかった。
 駅のほうは車の数も多く、跳ねられていないかが心配だった。
 南野は通りにパステルの姿がないかを確認しながら走った。             
 心配なのは、車だけではない。
 人通りも多いので、連れ去りも心配だった。
「すみません、これくらいの子犬を見ませんでしたか? ゴールデンレトリーバーという犬種のクリーム色の毛をした犬です」
 南野は若いカップルに声をかけ、身振り手振りでパステルの大きさを説明した。
「いいえ。お前、見た?」
「さっき、プードルは見たけど」
「ありがとうございます。すみません……」
 南野は礼を言い、別の通行人に声をかけた。
 答えはカップルと同じだった。
 南野は行き交う人々に立て続けに声をかけたが、パステルを見かけた者はいなかった。
 やはり、駅のほうにはきていないのか? 
 神泉町(しんせんちょう)の交差点に引き返そうとしたとき、掌(てのひら)の中のスマートフォンが震えた。
 ディスプレイに表示された名前を見て、南野は弾かれたように耳に当てた。
「もしも……」
『パステルがみつかりました!』
 電話に出るなり、三村が南野を遮り言った。
「よかった……パステルは、どこにいたんですか!?」
『池尻(いけじり)方面の遊歩道を歩いていました。とりあえず神泉町の交差点に戻りますので、そこで落ち合いましょう』
「僕も五分くらいで到着できますから」
 南野は電話を切り、渋谷の雑踏を掻(か)き分けながら走った。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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