よみもの・連載

永遠の犬

第十回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

         ☆
 神泉町の交差点のコンビニエンスストアの前には既に、三村のエルグランドが停まっていた。
「南野さん!」
 横断歩道の向こう側で、三村が手を振っていた。
 歩行者用の信号が青に変わり、南野は駆け足で渡った。
「パステルは無事でしたか!?」
 息を弾ませ、南野は訊(たず)ねた。
「いま、ラゲッジスペースのサークルにいます。とりあえず、顔を見せてあげてください」
 三村は言いながら、バックドアを開けた。
 うずくまっていたパステルが南野を認めると跳ね起き、ぶんぶんと尻尾(しっぽ)を振りながら駆け寄ってきた。
 クリーム色の被毛は泥塗(まみ)れになっていた。
「心配したじゃないかっ。こんなに汚れてしまって……」
 南野がサークル越しにパステルを抱き上げると、物凄(ものすご)い勢いで唇、頬、鼻の穴を舐(な)めてきた。
「わかった、わかった……わかったから落ち着いてくれ」
 腕の中で暴れるパステルに、南野は言った。
 言葉とは裏腹に、パステルの気持ちが南野は嬉(うれ)しかった。
 なにより、パステルの身に何事もなくて本当によかった。
「こんなに喜んで……やっぱり、パステルは南野さんのところに戻ろうとしていたんですね」
 三村が、複雑そうな顔で言った。
 散歩デビューもまだの右も左もわからない生後三ヵ月の子犬が、南野のところに戻るために車から飛び出したというのか……。
 パステルの気持ちを考えただけで、胸が締めつけられる思いだった。
「もう、そのへんでいいだろう」 
 際限なく南野の顔を舐め続けるパステルに、南野は言った。
 南野のワイシャツの腹部のあたりが濡(ぬ)れていた。
「あ! お前、嬉ションしたのか!?」
 南野が素頓狂な声を上げると遊んで貰(もら)っていると勘違いしたのか、パステルはさらに勢いを増して顔を舐めた。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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